東電刑事裁判無罪判決 裁判所はなぜ誤ったのか
海渡 雄一
(東電刑事裁判 被害者代理人 弁護士)
目次
- 1 部下の対策進言を握りつぶした者を免罪するとは
- 2 司法の歴史に汚点を残した判決の根源は被害の軽視
- 3 原発に求められる安全性のレベルを伊方最高裁判決よりも切り下げた誤り
- 4 停止以外の結果回避措置を検討の対象から外した誤り
- 5 2008年2月16日の御前会議で推本の長期評価に基づいて津波対策を講ずる方針が了承されたことについては動かぬ証拠が多数あるにもかかわらずこれを否定した誤り
- 6 推本の長期評価には、信頼性はないとした誤り
- 7 推本津波のデータを社外にはひた隠しにしつつ、国や県、有識者、他の電力会社に圧力をかけ、津波対策を先送りした東電の工作を追認した誤り
- 8 傍聴人や被害者、被災者を敵視し、不都合な証拠には目をつむり、気に入った証拠だけをかき集め、不公正な事実認定をした誤り
- 真実は隠せない
1 部下の対策進言を握りつぶした者を免罪するとは
9月19日、東電役員の刑事責任を問う裁判の判決で、東京地方裁判所刑事4部(永渕健一裁判長)は、勝俣氏、武黒氏、武藤氏の三名の被告人に対して、いずれも無罪とする判決を言い渡しました。
東電の土木グループが福島原発について、推本(政府の地震調査研究推進本部)の長期評価(地震対策の前提とするために、ある地域に、どの程度の確率で、どのような地震が起きるかを予測した評価結果)に基づいて津波対策を講ずるべきことを、役員に進言しました。しかし、役員は最終的に工事のコストと大規模な津波対策工事を始めると地元の自治体などから原子炉の停止を求められることを恐れ、対策を先送りにしたのです。そして、問題の発覚を防ぐために津波計算の結果を隠匿して、国や県、専門家にも知らせませんでした。そして、国や、自治体、専門家、他会社に対して、疑問の声が広がらないように根回し工作を展開しました。
東日本太平洋沖地震が発生し、予測していたのとほぼ同等の高さ約15メートルの津波が福島第一原発に襲来しました。部下が進言していた対策を講じていれば、事故の発生は食い止められたと考えられます。このような経過の下で、部下の進言を握りつぶした役員たちの過失責任を問えるかが、この裁判の焦点でした。
2 司法の歴史に汚点を残した判決の根源は被害の軽視
私は、これほどひどい判決を予想できませんでした。この判決は司法の歴史に大きな汚点を残すことになるものです。指定弁護士の石田氏の会見で述べた国の原子力行政に対する忖度判決だという批判は当たっています。原発事故を繰り返さないためには、判決をこのまま確定させてはいけないと切実に思います。私たちは、指定弁護士には控訴をしてもらい、必ずや正義にかなった高裁判決を勝ち取りたいと考えています。
この判決を聞いて最初に違和感を持つのは、判決の中で、双葉病院の避難の過程で起きた悲劇について「長時間の搬送や待機等を伴う避難を余儀なくさせた結果,搬送の過程又は搬送先において死亡させ」たの一言で片づけられていることです。
指定弁護士が論告要旨の第2で詳述しているように、放射線防護具の調達ができなかったために避難活動の開始が遅れたこと、放射線スクリーニングを受けるために何のケアも受けられないでバスの中に長時間放置されたこと、15日の朝には、自衛隊の救助作業が、大量の放射性物質の漏洩のため病院の現場が高線量となり中途で打ち切られたことなど、原子力災害のもたらす悲惨な被害の状況について全く事実が認定されていないのです。
被害の実情を明らかにするために、公判では病院スタッフである看護師、医師やケアマネへの尋問が行われ、自衛隊など避難に当たった公務員と遺族の調書が多数朗読されました。この立証によって、はじめて双葉病院事件の過酷な実態が明らかにされました。東京地裁刑事4部は、この被害関係の尋問速記録と調書については、損害賠償事件を審理する民事裁判所への文書送付を今も拒み続けています。まるで被害を隠ぺいしようとしているかのようです。そして、判決でも双葉病院の患者らの死亡の過程について具体的な事実を認定しなかったのです。
裁判所の人としての「品格」が、死者と遺族への敬意が問われています。被害の実態が認定されなかったことは、死者とその遺族に対する冒とくでなくて何でしょうか。このような姿勢からは、このような悲惨な災害を二度と引き起こさないという規範が導き出されるはずもありませんでした。被害の事実の徹底した軽視こそが、裁判所の誤りの根源にあるものです。
3 原発に求められる安全性のレベルを伊方最高裁判決よりも切り下げた誤り
判決は、結論において、「自然現象に起因する重大事故の可能性が一応の科学的根拠をもって示された以上,何よりも安全性確保を最優先し,事故発生の可能性がゼロないし限りなくゼロに近くなるように,必要な結果回避措置を直ちに講じるということも,社会の選択肢として考えられないわけではない。」としつつ、「当時の社会通念の反映であるはずの法令上の規制やそれを受けた国の指針,審査基準等の在り方は,上記のような絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかったとみざるを得ない。」と判断しました。推本の長期評価は、一般防災のために参考とすべきデータを政府機関がまとめたものです。にもかかわらず、一般防災よりも格段に高いレベルが求められるはずの原発の安全性の確保のために、推本の長期評価を参考とすべきことを事実上否定したのです。
伊方原発訴訟の最高裁判決(1992)は原子炉施設の安全性が確保されないときはこのような従業員や周辺住民の生命に重大な危害を及ぼし、環境を汚染し深刻な災害を引き起こすおそれがあり、このような災害が万が一にも起こらないように原発の安全性を確保しなければならないとしていたのに、この判決はこの最高裁判決を否定したといえます。原発に求められる安全性の大きくレベルを切り下げたことが裁判所の二つ目の誤りです。
4 停止以外の結果回避措置を検討の対象から外した誤り
推本の長期評価を踏まえた津波による事故に対する対策として、指定弁護士は論告の中で、防潮壁の設置、建屋の入口である大物搬入口の水密化、主要機器の設置されている部屋の水密化、代替電源などの高台設置などの対策をとるべきであり、それらの対策が取られるまで原子炉の停止を求めていました。
にもかかわらず、判決は、停止以外の対策はいずれも津波発生までに完了したことが証明されておらず、停止だけが有効な対策であったとしました。そして、様々な事故対策が可能だったか、これにより結果が回避できたかについては、全く検討を加えることなく、これらの点に判断も示しませんでした。そして、推本の長期評価についても、停止を義務付ける程度の信頼性があったかという観点から、その評価を論じているのです。
しかし、推本の長期評価にもとづいて原発を停止させるべきだったかどうかではなく、推本の長期評価を取り入れた津波対策を実施するべきだったかどうかをまず判断するべきでした。判決は、指定弁護士の意見を捻じ曲げ、判断すべき論点をずらしています。
これは、裁判の経過を見てきたものからすれば、驚くべき判断です。なぜなら、これらの点こそが、この裁判の最大の争点だったからです。
指定弁護士は、この論点の立証のために、推本の長期評価に基づいて、東電とほぼ同時期に対策の検討を始めて、実際に津波対策を講じた東海第二原発における、水密化、防潮壁に代わる盛土の設置などの対策が、どのようなスピードで実施できたかを丹念に立証しました。
また、防潮壁の施工そのものはむつかしいが可能であることを、技術担当の広報部長を務めていた上津原勉氏に証言させました。
長期の許認可や環境影響評価が必要で、2008年夏から2年半では間に合わないとの弁護側の主張に対する反証として、従来4年かかるとされた工事の前提は、沖合の海中に2キロに及ぶ大規模な防波堤を築く工事の行政手続きに要する時間を含んでいたことを東電の土木技術グループの担当者である堀内友雅氏を尋問して確実に立証し、行政手続きを要しないで建設できる陸側の防潮壁の工事が期限内に可能であったことを裏付けました。
なによりも、被告・弁護側が、指定弁護士の主張に対する最大の反論のポイントとしたのは、東電の行った計算に基づいて対策を講じたとしても、敷地の南側、北側、中間点の3か所に櫛の歯のような防潮堤を築くこととなったはずで、このような対策では、実際の地震の際に東側全面から襲来した津波の敷地への遡上を食い止めることはできなかったと主張していたことを指摘したいと思います。この点について、弁護人は弁論の冒頭に一時間以上をかけて論じたのです。指定弁護士も私たち被害者代理人も、この主張に全面的に反論していました。
被告人・弁護人たちも、対策が間に合うことを前提に、その有効性について議論していたのです。この論争に決着をつけることが判決の最大の課題だったはずです。ところが、判決はこの最重要論点から完全に逃げたのです。
おそらく、この論点では、被告人の無罪の結論を導くことはむつかしかったので、停止以外の結果回避措置を完全に無視し、また推本の長期評価についても、対策を義務付ける動機となったかという裁判で議論された観点ではなく、停止を義務付ける契機となったかというハードルを勝手に上げた尺度でその信頼性を論じているのです。まさに、裁判所が勝手に土俵を変えてしまったといえます。これが、判決の最もトリッキーな点であり、東電役員を救うために裁判官として、超えてはならない一線を超えたといってよいでしょう。
5 2008年2月16日の御前会議で推本の長期評価に基づいて津波対策を講ずる方針が了承されたことについては動かぬ証拠が多数あるにもかかわらずこれを否定した誤り
当時の東電本店の原子力部門のナンバー2であった山下和彦中越沖地震対策センター長は、2008年2月16日の御前会議(日曜日に社長以下の役員、本店部長、各原発の幹部、GMら多数が出席し、長時間開催されていた会議、勝俣が出席するので、御前会議と呼ばれていた)で、推本の長期評価に基づいて津波対策を実施する方針を被告人らに説明し、会社としてその方針が了承されたと供述しています。
そして、山下氏は、推本を踏まえた津波高さが10メートル以下であれば、東電は2009年の当初のバックチェック最終報告の時期までに津波対策工事を完了させていたはずであるとまで述べていました。
山下氏は、健康上の理由で、法廷では供述できなかったのですが、在宅で取り調べを受けていた段階で複数回にわたって、このような供述を続けていました。山下氏に事実を曲げて供述する動機は考えられず、身柄拘束された状態での供述ではありませんから、普通に考えれば、その供述には高い信用性が認められます。
ところが、この点について、判決要旨は「津波高さの変更についての報告が行われて,これが了承され,耐震バックチェックの津波評価に「長期評価」の見解を取り込むという東京電力としての方針が決定されたといった事実までは認定することができない。対策センター長はこれらの事実があった旨供述するが,これと整合しない事実があるなど,その供述の信用性には疑義がある。」とだけ述べ、信用性を否定してしまったのです。
要旨では省略された判決本文はかなり詳しいものですが、判決の全文はまだ公開されていません。これを法廷でのメモで再現すると、「山下調書について、これと符合する機器耐震グループの山崎GMのメールなどの証拠もあるがそのメールの内容は信用できない。」「山下氏が資料の配布だけをしたのに説明をしたと勘違いした可能性がある。」「もしもここで会社の方針として了承されていたら、もう一度6月に武藤に説明に行くはずがない。会社の方針で決まったことを武藤の一存でひっくり返せるはずがない。」と言った内容でした。
しかし、このような認定は明らかな間違いです。この点は、指定弁護士の論告でも、私たちの被害者意見でも最も力を入れて議論した部分でした。私たちが、この時点で東電の社としての方針が決まったとする根拠は次のとおりです。
- 機器耐震技術グループの長澤氏が、平成20年2月5日に酒井氏らに送信したメールの中で、「武藤副本部長のお話として山下所長経由でお伺いした話ですと、海水ポンプを建屋で囲うなどの対策が良いのではとのこと」とあり、武藤は御前会議の前に4メートル盤での津波対策を実施する考えでいたことがわかります(判決では認定脱落)。
- 御前会議をふまえて、3月7日には、本社のグループ横断の会議がもたれ、その会議設定のメールでも、会議後の議事メモでも、津波対策を講ずる方針は社長会議(御前会議のこと)で報告済みとされています。この議事メモの決裁者には実際に御前会議に出席していた者も含まれており、さらに会議資料には4メートル盤上での津波対策の工事スケジュールまでが示されています。津波対策工事は始める寸前だったのです(判決は、以上の通り事前のメールのみ認め、信用性を否定している)。
- 3月末の時点での、福島第一原発の耐震バックチェック中間報告がなされました。その際に、メディアや福島県との対応のために作られたQAの中で、長期評価を津波対策で取り入れること、4メートル盤上で対策を講ずることが明記されていました(判決では中間報告がなされた事実しか言及されていない)。
- 4月の時点で、グループ横断で、10メートル盤を超える津波の対策についての検討が仕切り直しで始まりました(判決では認定脱落)。
- 判決は、もし2月に会社の方針として了承されていたら、もう一度6月に武藤に説明に行くはずがないとしていますが、この点は、私たちが、被害者意見の中で最も力を入れて論じた部分です。2、3月に了承された方針では津波の高さは10メートル以内に収まり、対策は4メートル盤上で完結すると考えられていました。ところが、最終的には、高さが15.7メートルとなり、10メートル盤を大きく超えることとなり、必要な工事規模も格段に大きくなったのです。10メートル盤の上の対策をどのように実施するかが、6月の会議のテーマであり、の2月の議論と6月の議論はつながっているのです(判決では認定脱落)。
山下調書の信用性を認め、2月に会社として長期評価を踏まえた津波対策を実施するという方針が決まっていたと認めるということは、判決の地容器評価に基づいて津波対策を講ずる必要がなかったという論理とは、決定的に矛盾します。だからこそ、ここまで決定的な証拠が残されているにもかかわらず、裁判所はこれを無理やり否定したとみることができます。ここは、この判決の最大のウィークポイントであり、控訴審における最大の攻防点になると思います。
6 推本の長期評価には、信頼性はないとした誤り
判決では、推本の長期評価については、「直ちに停止を求めるだけの信頼性があったか」という観点で評価がなされています。しかし、そもそもこの問題設定そのものが、訴訟における論争内容と整合せず、疑問があることは前述しました。
推本が、国の地震防災対策の基本となる公的な見解であることは判決も認めています。しかし、判決は推本自体が日本海溝沿いの波源設定については信頼度がCと判断していたこと、専門家の中にも異論を述べるものがいたこと、中央防災会議が防災対策の対象から除外していたこと、中央防災会議の事務局から異論が出されたこと、福島県や茨木県の津波評価でも、明治三陸沖津波を同県の沖合に置くという評価はなされていなかったことなどを根拠に、直ちに原発を停止させるだけの信頼性はなかったと結論付けました。
しかし、まず、推本の長期評価の策定の過程について、島崎邦彦長期評価部会長、歴史地震・津波の専門家である都司嘉宣委員、内閣府の前田憲二推本事務局らが、時間をかけて議論を重ね、日本有数の地震、津波学者たちが全員一致で見解をまとめていった過程について詳細に証言しましたが、このような経過についてはほとんどなにも認定されていません。
そして、推本長期評価は、30年に20%の割合でM8.2程度の津波地震が、日本海溝沿いのどこでも起きるという内容ですが、この領域で津波地震を小型にした長周期型地震が多く発生しているという理学的な根拠も説明されていました。
この刑事訴訟で否定されたのは、直ちに原子炉の停止を求めるレベルの信頼性があったどうかですが、東電・国に対する民事の損害賠償訴訟では長期評価は津波対策を動機づける信頼性を持つものであることが例外なく認められています。
裁判での証拠調べを振り返ると、次のような重要な立証がなされています。
まず、国の安全審査の中核メンバーであった地震学者の阿部勝征氏も検察官に対する供述調書の中で次のように述べています。
「津波評価技術においては,基準断層モデルの設定にあたり,過去の津波の痕跡高を基としていたところ,日本海溝寄りの領域の福島沖や茨城沖については過去400年の間,津波を伴う地震が発生しておらず,痕跡高等のデータがなかったためでした。
とはいえ,津波は自然現象ですしまだまだ分かっていないこともありましたから,津波評価技術は基準断層モデルを設定していない領域で津波を伴う地震が発生することを否定するものではありませんでしたし,津波評価技術により算出された設計想定津波以上の津波が発生することを否定するものでもありませんでした。」
「太平洋プレートはー続きになっており,その地体構造に違いは見られないので福島沖から茨城沖でも起こることが否定できず,どこでも発生する可能性がある。」
「原子力事業者としては地震本部の長期評価を前提とした対策を取るべきであろうと考えていました。」としていました。これは、推本の長期評価が、津波対策を動機づける信頼性を持っていたことを、国の原発安全審査のかなめにある研究者が認めていたことを示しており、決定的な証拠です。
地震学を専門とする東北大学大学院の松澤暢教授が弁護側のみ申請の証人として証言しましたが、松澤氏は東日本大震災を引き起こした巨大地震について「マグニチュード9は起こらないと思った。初めての例外が起こってしまった」と証言しましたが、推本の「長期評価」については、「三陸沖から房総沖をひとくくりに評価することは非常に乱暴な議論だと思ったが、どこかで判断しないと防災対策は始まらないと思った」と証言し、長期評価を否定しませんでした。
松澤教授は、「東北沖の北部と南部では海底の構造などいろいろなものが違っている。北部と南部で同じ確率というのは考えづらく、乱暴な議論だと思った」と証言しましたが、他方で、「どこかで誰かが判断しないと防災対策は始まらないと思った。可能性がゼロではないから、私は仮置きでもいいから津波の発生確率の数字を示すのは良いことだと考えていた」と述べ、長期評価の結論を大筋で認めたのです。
秋田大学の高橋智幸氏は、東電土木グループによる対策延期の方針に強く抵抗していました。高橋氏は,「推本が「どこでも発生する可能性がある」と言っているのだから、福島県沖で波源を設定しない理由をきちんと示す必要がある。」と述べ、これに対して東電が説明した方針は,「緊迫したムード」になるほど高橋氏にとっては違和感のあるものであったことがわかります。
このような立証の状況の下での、長期評価の信頼性を否定した判決はきわめて強引であり、明らかに根拠を欠いていると言わざるをえません。
7 推本津波のデータを社外にはひた隠しにしつつ、国や県、有識者、他の電力会社に圧力をかけ、津波対策を先送りした東電の工作を追認した誤り
判決も、東電の土木グループが、推本の長期評価を取り入れなければ、耐震バックチェックは通らないという認識であったことは認めました。耐震バックチェックは2006年に開始され、3年以内に最終報告まで完了させる予定でした。この予定は、東電の場合は、どんどん後に延期されていき、2011年の事故前には、2016年まで延期されていました。これは、他の電力会社と比較しても異常な遅れでした。
東電福島のバックチェックの遅れは、地震の問題ではなく、津波が原因でした。武藤氏による土木学会への検討依頼はあきらかに問題の先送りでした。
2008年9月の、福島原発所長も出席した会議の資料には、推本長期評価を考慮した津波対策は不可避としつつ、津波に関する資料は回収し、議事メモには記載しないという情報管理体制がとられていました。
津波が注目されていて、(情報を外に)出せないとの内容の書き込みが2009年2月の御前会議資料に見つかっています。
実際に耐震バックチェック中間報告についての審査では、産総研の岡村氏が、2009年6、7月には貞観の地震を考慮に入れるように強く求め、最終報告には取り込むと保安院が説明する場面もありました。
2010年の保安院の幹部のメールには、「1F3(福島第一原発3号機)の耐震バックチェックでは、貞観の地震による津波評価が最大の不確定要素である」とされていました。
さらに、判決は抽象的にしか、認定していませんが、日本原電の幹部や担当者は、推本津波(房総沖波源を茨城沖に移したもの)に対する対策を講じていました。日本原電では、東電の対策中止を聞いて、幹部から「こんな対策の先送りでいいのか」という疑問の声が上がり、いったん対策をとるとしていたのに、対策を辞めた理由について東電の酒井GMは、日本原電の安保氏に対して「柏崎が止まっているのに、これに福島も止まったら経営的にどうなのかって話でね」と釈明せざるをえなくなっていました。
日本原電の安保氏は、東電の対策をしないで、問題を土木学会の検討にゆだねるという新方針には賛成はしていないことが高尾の酒井GMに対するメールにも示されています。判決当日のNHKの「クローズアップ現代」では、日本原電関係者から直接取材し、津波対策を講じながらこの事実を公表できなかったのは、親会社である東電に対する横並び意識によるものであると報じたところです。
そして、東電は、推本の長期評価を取り入れた時の津波高さが15.7メートルとなることについて、国には震災の4日前まで報告せず、福島県へは事前の報告は結局最後まで報告しませんでした。このように情報を隠していた東電が、国からも、自治体からも、他の電力会社からも原子炉を止めろと言われなかったから過失がないなんて、あまりにもひどすぎる判断ではないでしょうか。
結局のところ、この判決は、東電がその政治力を駆使して、情報を対外的には隠匿しながら、津波対策を講じないまま運転を継続するための一連の政治的工作を関係者に対して実施していたことを追認したものだと言わざるを得ません。まさに、次なる原発重大事故を準備する危険極まりない論理となっていると思います。
8 傍聴人や被害者、被災者を敵視し、不都合な証拠には目をつむり、気に入った証拠だけをかき集め、不公正な事実認定をした誤り
思い返せば、この裁判は始まりから異常でした。傍聴のために福島から駆け付けている市民をまるで暴徒でもあるかのように、所持品をすべて取り上げ、傍聴席と法廷の境界に屈強な衛視を何人も立たせて、廷内を威圧し、被告人らを暴徒から防衛するかのようにして審理はすすめられました。指定弁護士が強く求めた原発現地の現地検証も一切実施しませんでした。東電・国に対する民事損害賠償事件を審理している裁判所の中には検証を実施したところもあるのに、被害の現実と全く向き合おうとしなかったのです。
検察審査会の強制起訴事件では、証拠が足りず、有罪判決を得ることがむつかしいと説く論者も見られます。確かに、もともと検察がきちんと捜査していない事件は、裁判を遂行するのは難しいかもしれません。しかし、今回の事件では検察は起訴前提で捜査を完了させていたと評価できます。不起訴決定後に作られたおかしな証拠もありました。普通の検察官ならこういう証拠は開示しなかったでしょうが、石田弁護士たちは、すべての証拠を弁護側に公正に証拠開示しました。まさに検察の立場で、フェアな裁判を行おうとしたのです。
だから、この事件は、裁判官がまともであれば、有罪の結論しかなかったはずです。誤った判決の結果は、端的に裁判所がおかしかったためであると私は考えます。裁判所は、勝手に争点をすり替え、自分に都合の悪い証拠は無視し、都合の良い証拠だけをかき集めて支離滅裂な事実を認定し、原発に求められる安全性のレベルをうんと切り下げたのです。その結果が、この無罪判決です。
私はこの不公正極まりない判決を絶対に認めることができません。私は、控訴審においても指定弁護士たちを全力で支え、かならずやこの判決を覆さなくてはならないと考えています。
日本の司法が危機的な状況であることは間違いありません。しかし、何をやっても無駄だと考え、闘いを放棄することは間違いです。私は司法の中に身を置く一弁護士として、司法はまだ生きている、良心を失っていない裁判官は残っているはずだ、この判決を糺すことは可能であると信じたいと思います。今後も闘いは続くと思います。ご支援をお願いします。
真実は隠せない
作詞:福島原発刑事訴訟支援団
作曲:長谷川光志
1.大津波は予見できたはず
大津波は予見されていた
私たちは あきらめはしない
真実隠すことはできない
2.原発事故は回避できたはず
対策は用意されていた
私たちは あきらめはしない
真実は明らかにされた
私たちは あきらめはしない
正義を今 求めるこの手に