目次
- 指定弁護士、高裁に控訴趣意書を提出 控訴審で有罪判決を勝ち取ろう!:佐藤和良
- 2020年10月9日開催 オンライン集会『東電刑事裁判 控訴審の勝利をめざす』より:弁護団報告
- 原発事故裁判を巡る状況について (河合弘之弁護士による10.9オンライン集会報告)
- 各被告人の控訴理由について (北村賢二郎弁護士による10.9オンライン集会報告)
- 社会通念と情報収集義務についての判決の誤り (大河陽子弁護士の10.9オンライン集会報告)
- 長期評価と東電の長期評価への対応 (海渡雄一弁護士による10.9オンライン集会報告)
- 具体的な結果回避措置と津波対策の必要性 (甫守一樹弁護士による10.9オンライン集会報告)
- 海渡弁護士の新刊が発売! 東電刑事裁判 福島原発事故の責任を誰がとるのか
- 映画「東電刑事裁判 不当判決」 上映&海渡弁護士講演会
- オンライン集会 「原発事故から10年 ここまで明らかになった真実」
- 事務局からのお知らせとお願い
指定弁護士、高裁に控訴趣意書を提出
控訴審で有罪判決を勝ち取ろう!:佐藤和良
福島原発刑事訴訟支援団団長 佐藤 和良
福島原発刑事訴訟支援団のみなさま
今年もあと僅かとなりました。新型コロナウイルス感染症拡大の第三波といわれる中、お元気にお過ごしでしょうか。
東京電力福島第一原発事故の責任を問い、事故の真実を明らかにする福島原発刑事裁判は、業務上過失致死傷罪で起訴された東京電力旧経営陣の勝俣恒久、武黒一郎、武藤栄ら3被告人に対する、昨年9月19日の東京地裁・永渕健一裁判長による無罪判決から、1年が経ちました。
地裁判決は、被告人に不都合な事実を切り捨て、証拠を無視した事実誤認も甚だしい、「黒を白と言いくるめる」不当判決でした。被告人と東京電力を助け、57人の被害者と遺族、福島県民はじめ多くの被災者を踏みにじった地裁判決を許すことはできません。
検察官役の5人の指定弁護士は、昨年9月30日、東京高裁に控訴し再び控訴審を担当します。本年9月11日には、控訴の理由を示した控訴趣意書を東京高裁に提出しました。東京高裁での控訴審が動き始めたのです。
「控訴の趣旨」は、「被告人らが業務上過失致死傷の罪に問われるべきであることは、明白である。それにもかかわらず、被告人らに無罪の判決を言い渡した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるから、原判決は破棄されるべきである」としました。
「控訴の理由」は、「原判決の誤りと問題の所在」として「1 予見可能性と『長期評価』の信頼性、具体性」「2 『社会通念』」「3 予見可能性と結果回避措置」の3点を挙げ、「原判決の基本的な誤りは、津波対策の大前提となる国の津波に対する見解、『長期評価』の信頼性を否定した点にある。万が一にも事故を起こしてはならないという社会通念にも著しく反する」としました。
今後、控訴趣意書に対する反論の答弁書が被告人弁護側から提出されます。提出は半年後程度とみられ、公判期日は来春以降になると想定されます。
控訴審は、証拠を元に厳正に進められなければなりません。東京地裁が却下した、福島第一原発や双葉病院の現地検証の実現、地震本部の長期評価の信頼性、被告人らの関与を明確に立証した山下調書の信用性、結果回避措置の実施可能性等々、原判決の事実誤認を覆すための立証を成し遂げねばなりません。
来年3月には、原発事故から丸10年を迎えます。今、政府と東京電力は、福島県民が反対し、海に生きる漁業者が陸上保管を求める汚染水を海に流そうとしています。被害者を分断し泣き寝入りさせ、さらに被害を拡大する、この強権に屈するわけにはいきません。
コロナ禍の下、私たちは、控訴審の勝利をめざして、8月と10月にオンラインで全国集会を開催しました。来年1月24日には、第3回目のオンライン集会を準備しています。また、海渡雄一弁護士の新刊「東電刑事裁判 福島原発事故の責任を誰がとるのか」が発刊され、福島県内では、映画「東電刑事裁判 不当判決」の上映と海渡雄一弁護士の講演会も予定されています。全国で控訴審が動き始めたこと、控訴の理由を広めてください。
東京高裁での有罪判決を勝ちとるために、無念の死を遂げた被害者、その遺族、福島県民はじめ多くの被災者、支援者の力を集め、国内外の世論に訴え、決して諦めず、ともに手をつなぎ、一歩一歩前進することを、心からお願い申し上げます。
コロナ禍の折、くれぐれもご自愛ください。
2020年10月9日開催 オンライン集会『東電刑事裁判 控訴審の勝利をめざす』より:弁護団報告
2020年10月9日に開催したオンライン集会『東電刑事裁判 控訴審の勝利をめざす』のうち、弁護団報告をまとめたものを掲載します。弁護団報告は、指定弁護士が公開した控訴趣意書を併せてご覧になると理解が深まると思います。控訴趣意書や集会の録画は、支援団ホームページや告訴団ブログからご覧いただけます。
原発事故裁判を巡る状況について
(河合弘之弁護士による10.9オンライン集会報告)
皆さんこんにちは。コロナの中でなかなか活動しにくい状況が続いていますが、この東電刑事裁判についても着々と、それも良い方向に進んでいると思います。指定弁護士の控訴趣意書も大変立派なものが出来ました。
もう一つの良い風は、損害賠償請求で一番大規模な生業訴訟において、仙台高裁判決で素晴らしいものが出ました。何か、我々のために書いてくれたのではないかと思うぐらい、刑事裁判にとっても非常に重要な良い事を言っています。我々にとっても良い風であると考えます。
刑事裁判の無罪判決の出発点は、政府が設置した地震本部の長期評価というのは、疑問を呈していた学者がいたから信頼できない、だから、それを基に東電設計がシミュレーションをして出した15.7mの津波が来るという予測は信頼できないのだ、というところからあのような間違った結論を出した訳ですが、今回の仙台高裁判決は、このように言っています。地震本部というのは日本国の政府が設置した政府機関なのだ、そして最高レベルの地震学者、津波学者が集って議論した末に出来上がったものなのだ、それはだから当然、学者個人の説とか、民間の学会の説とは重みが違うのだ、そうやって打ち出され長期評価の信用性に疑いはない、という感じなのですね。
東電はどう言っていたかと言うと、土木学会に長期評価の再検討を依頼したのだから、慎重な正しい態度だったのだと言い訳しているのです。しかし仙台高裁判決は土木学会についても、あれは電力会社の研究員などが過半数を占める、要するに民間の電力会社のための研究機関なのだから、地震本部とは全々信頼度が違うのだ、電力会社の人達が多いのだから、電力会社のために都合の良い意見を出す傾向があるのだ、というところまで言っています。それも僕達がずっと言い続けてきたことで、人ばかりでなく予算も電力会社が皆持っているようなところの意見が電力会社に厳しい訳がないと、その辺もちゃんと見抜いていて、ビシッと書いてある。
そういうことで、我々が刑事裁判でずっと言っていた事をですね、更に理論付けて認めてくれているので、この仙台高裁の判決は、刑事の控訴審でも非常に有効な追い風になると思います。ごく簡単に一部だけを説明しましたけれども、我々の闘いは、大いに前進しつつあると思いますので、更に、これから倦まず弛まず粛々と闘いを進めて行って、最終的に勝利を得たいと思います。有難うございました。
地震本部…「推本」とも呼ばれる。地震や津波などの情報を評価し防災に役立てる機関。
長期評価…ここでは2002年に地震本部が公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」のこと。福島第一原発を襲う津波計算の基礎となった。
各被告人の控訴理由について
(北村賢二郎弁護士による10.9オンライン集会報告)
*北村賢二郎弁護士は、さくら共同法律事務所で原発問題を専門に担当されています。今年度より弁護団に参加いただいております。
私からは被告人武藤、武黒、勝俣の過失について、控訴理由書でどう述べているか簡単にご説明します。
そもそも前提として、「過失責任」ってなんですか、という話ですが、世の中の不注意はなんでもかんでも刑罰に処されるわけではなくて、まず、どのような結果(事故)が起きるのかを予見する義務があり、次にどのようにその結果を回避するかという義務があり、その2つの義務が認められた時に、それに違反して結果が発生すると過失責任がありますよ、となるわけです。今回の3被告人についても、この予見義務や結果回避義務がどういうものか、控訴趣意書でもう一度述べられています。
これに対して控訴趣意書ですが、そもそも安全確保の第一次的な責任があるのは原発を運営している東電でしょうと指摘します。もちろん武藤らはその最高経営層であるわけです。さらに武藤は国内外でも原子力発電事業の第一人者であり、ほかの機関とは比べ物にならないほど情報に接する立場にあった。その前提を踏まえれば、社員の報告をそのまま認識したとか、外部から指摘がなかったというような受け身な姿勢というのは責任転嫁であり、本当にそれが正しいのかを自分で判断して検証して万全を尽くす義務があったのだと説明されています。
予見義務としては2008年6月10日、吉田昌郎部長(事故時の福島第一原発所長)らからの報告を受けた際に、津波の一番高いところが15mを超えるという報告を受けた時点で津波襲来を十分予見できたと指摘します。津波襲来が予見できれば、電源が喪失して、非常用設備や冷却設備の機能がなくなってしまうことが分かるし、そうなれば炉心が損傷することも予見できて、結果として事故が発生するということまで予見できたのだと。であれば、その結果を回避するために、防護措置を速やかに検討させたり、勝俣を含めた最高経営層に報告をして、取締役会で工事をやりましょうと強く提言したり、工事が完了するまでは運転を止めるべきだと進言すべきだった、そういう義務があった、というように控訴趣意書では説明しています。
これに対して控訴趣意書は、先ほどと同じ部分もありますが、武黒に関しては原子力・立地本部の本部長、つまり第一次的に責任を負う東電の、一番責任を負っている部署のヘッドだったわけです。ですから土木学会の検討状況を注視したりとか、丹念な報告を求めたり協議したりして、津波対策に万全を尽くす義務があったのだと控訴趣意書では主張しています。予見義務は武藤と同じですが、時点が違います。2009年4月か5月の時点で津波が予見でき、その因果の流れで事故発生まで予見できたという主張です。結果回避義務も武藤とほぼ同じです。
これに対して控訴趣意書は、長期評価を知らないはずがないと指摘します。御前会議で散々出ていますし、株主総会の想定問答集に書いてあるわけです。津波が来ないと思っていたという問題意識それ自体がおかしいとも言っています。そもそも最上位の御前様として御前会議に出ているわけですから、原発の安全にかかわる最大の基礎的で重要な課題に対しその認識はおかしい、という指摘です。
結果回避義務は、ほぼ同じです。認識した時点が2009年2月11日の御前会議となっているだけです。
以上になりますが、控訴趣意書の最後の、第13の「結語」で指定弁護士は、長期評価に基づいて計算結果を出して対策を取っていれば事故は未然に防げたのだ、しかし地裁判決はその大前提となる長期評価の信頼性と具体性を無理やり否定しており、それが一番の問題だ、というように述べて締めくくっています。
御前会議…2007年の新潟県中越沖地震を契機に開催されるようになった東電内部の会議。社長・会長を務めた勝俣を天皇に見立てて、「御前会議」と呼ばれた。
社会通念と情報収集義務についての判決の誤り
(大河陽子弁護士の10.9オンライン集会報告)
私の方からは控訴趣意書の第1と第3と第9の概略についてごく簡単にお話させていただきます。
控訴趣意書の最初の第1の部分で「原判決の誤りと問題の所在」ということで、大枠が3点示されています。
まず1点目は、長期評価は信頼できるのかという点です。地裁判決では、長期評価は信頼性があったと認めるには合理的な疑いが残るとしていますが、これが誤りだという点です。指定弁護士は、長期評価というのは我が国における代表的な専門家が長期間にわたって審議して得られた知見で、当時唯一の公式的見解であるということを指摘して、長期評価の信頼性に疑いの余地がないのだということをはっきり述べています。
2点目は、「社会通念」とは何を指すのかということです。判決は「原子炉の安全性についての当時の社会通念」は、「法令上の規制やそれを補完する国の安全対策における指針、その審査基準等に反映されている」と認定していますが、これが誤っているという指摘です。指定弁護士は、第一次的に責任を負うのは東京電力であり、その最高経営層に属していた被告人らであると指摘します。そして被告人らは最終的な責任を負う者として、最大限の知見を要求され、決して事故を起こすことのないよう対策を講じるべきであり、これこそが原発の安全性に向けた「社会通念」であると指摘しています。
3点目は、予見可能性と結果回避措置についてです。判決では「被告人ら3名において、<中略>本件発電所の運転停止措置を講じるべき結果回避義務を果たすに相応しい予見可能性があったと認めることはできない」と認定していますが、それが誤りだという指摘です。つまり、10m盤を超える津波を防ぐための措置は、防潮堤の建設、防潮壁の設置、電源設備等の水密化や高台設置などがあり、運転停止だけではないということです。
以上の大きく言って3つの誤りについて、証拠に基づいた主張を展開しています。
この3つの誤りのうち、「社会通念」の誤りについて説明します。
判決が示した「社会通念」の論理立てに対し指定弁護士は、長期評価の信頼性・具体性について「社会通念」を持ち出すこと自体が誤っていると指摘します。すなわち、津波襲来の可能性があるとする根拠の信頼性・具体性は、科学的信頼性・具体性によって判断されるべきものであり、「社会通念」の入り込む余地はないということです。たとえ原発を設置する企業や、それを監督する行政機関等が、津波襲来の可能性を「信じたくない」という意識に満ちていたとしても、そのことをもって「社会通念」として科学的判断を後退させることは許されない、という指摘をしています。
さらに「社会通念」と言うのであれば、その基礎に、国民全体あるいは地域住民の素朴な意識がまず取り上げられなければならないと指摘します。国民全体の素朴な意識は、原発に対して絶対的な安全性を求めていた、ということです。原発が設置されている地域の住民は、東電から、万に一つも放射性物質が外部に漏出することはないというような説明を何度も受けていて、これらのことは、被害者遺族らの供述からも明らかになっています。供述からは、原発は絶対安全だと思っているからこそ運転を容認していたのであって、絶対安全が確保されなければ運転はさせられないと考えていた、ということを示しています。
さらに社会通念について法令上の規制はどうであったのかというと、1992年の伊方最高裁判決は、「生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど深刻な災害」が「万が一にも起こらないようにするため」にこそ、法令上の規制があるとしました。地震、津波といった自然災害を特別に扱うことはせず、原発事故の被害の重大さ、深刻さを考えれば、「いつ来てもおかしくない」ものとして対応し、「万が一にも起こらないようにする」ことこそが法令上の規制の目的である、という指摘もなされていました。
そして地裁判決は、安全についての「社会通念」について、規制のあり方からすると極めて高度の安全性をいうものではない、と認定してしまっています。これに対し指定弁護士は、規制のあり方からは、「原子炉内の放射性物質が外部の環境に放出されることは絶対にない」というレベルの「極めて高度の安全性」を求めているのだと反論しています。
判決は、長期評価の信頼性を否定する理由の一つに、保安院等が「長期評価」を取り入れた対策を直ちに求めなかったり、対策が完了するまでは原子炉を停止するよう求めなかった事情を認定していますが、それは保安院等が「長期評価」を正しく認識しなかったり軽視したことによるものであって、こういったことが「実際上の運用」だったとするのは全くの的外れであると批判しています。
指定弁護士は結論として、「当時の社会通念」は津波による重大事故の可能性が、国の統一見解である「長期評価」を根拠として示された以上、何よりも安全性確保を最優先し、事故発生の可能性がゼロないし限りなくゼロに近くなるように、必要な結果回避措置を直ちに講じることを求めていたのだ、これこそが「社会通念」だったのだとまとめています。
次に、控訴趣意書の第9にある、被告人らの情報収集義務についての判断も誤っているという観点を少し説明いたします。
まず、被告人らは津波襲来の可能性に関する情報に接する立場にあったということです。武黒は原子力・立地本部長、武藤は副本部長、勝俣含め3名は御前会議のメンバーだったということなどから、皆情報に接することができる立場にあったという指摘です。
次に、そのような立場で積極的な情報収集義務があったのだと述べています。被告人らは、10m盤を超える津波が襲来する可能性がある、という重大な情報に接していながら、あえて対策を講じることなく土木学会に評価を委ねたのだから、土木学会の検討状況を注視していく義務があったのに、土木学会の状況を報告せよとか、何ひとつそういうことをしていないのは、実際には問題の先送り、時間稼ぎでしかなかったのだと指摘しています。
また、被告人らが情報収集をすれば、長期評価の見解に信頼性・具体性があることが認識できたのだと述べています。たとえば、長期評価の見解について東電が疑問をもっていたのなら、学者に質問をぶつければよいのにそういうことをせず、土木学会に検討を委ねるという方針にお墨付きをもらうための意見ばかりを聞いていたというような指摘もなされています。
さらに、他の原発事業者等から東電の方針に異論が述べられていないということについても、原発の安全を確保する第一次的責任は東電の被告人らにあって、他の機関がどうだったかによって被告人らの責任は変わらないと指摘します。
以上は、ごく一部の論拠のご紹介です。結論として、指定弁護士は、被告人らに積極的な情報収集義務があったこと、その義務を尽くしていれば長期評価の見解に信頼性・具体性があったことが認識でき、土木学会の検討を注視していれば、遅くとも2010年12月には、土木学会の検討においても原発に10m盤を超えて津波が襲来する可能性があることを被告人らは認識できたと結論付けています。
長期評価と東電の長期評価への対応
(海渡雄一弁護士による10.9オンライン集会報告)
地裁判決は、原発停止以外の結果回避措置を検討の対象からはずしてしまい、長期評価が原発停止を義務づける信頼性があったかどうかという観点で評価しています。推本の長期評価の中身は省略しますが、日本海溝沿いの非常に幅広い領域で、マグニチュード8クラスの津波地震が起きうるという見解です。
判決では、付加体が無いと津波地震は起きないという仮説を非常に大きく評価しています。しかし島崎邦彦さんは、ニカラグアでは付加体が無いところで津波地震が起きているので、そのような仮説が政府見解としてふさわしい信頼性があるとはいえなかった、とはっきりと証言されています。付加体の論文を書いた学者も、推本の会議の中ではそれに言及した発言をしていません。阿部勝征さんという政府機関の有力なメンバーも、まだ現象が明らかになっていないものだと言っていました。極めつけは、被告人側が証人申請した学者の松澤さんですら、「評価として使うレベルまでいっているかと言われると、多分、多くの委員は躊躇したのだと理解しました」と証言しています。まさに仮説を言っていた本人が、評価に入れるのはまだまずいと言っていたのです。そのようなものを判決に取り入れること自体が間違っていると思います。
今回の控訴趣意書で興味深いのは、世界的な地震学者である金森博雄カリフォルニア工科大学名誉教授の講演や論文がたくさん引用されていることです。この方は、スマトラ島沖地震に匹敵するような津波地震が、福島沖の海溝寄りで発生する可能性があると明確に述べています。また、福島沖は津波地震が発生する可能性が高いと発言していたという、長期評価部会の委員の陳述書が引用されています。また、ソーン・レイさんという金森さんのお弟子さんに当たる方で米国を代表する地震学者の方が、付加体の存在は地震津波の発生に関連づけて考えていない、という論文があり、これを引用しています。ここは控訴審で大きな論争の一つになるのではないかと思っています。
先ほど河合弁護士も言っていましたが、生業訴訟の判決を読んで、僕も胸がすくような箇所が多々あります。とても良い判決だと思います。まさに、長期評価の見解における知見が「規制権限の行使を義務づける程度」に至っているかどうかという観点から重要なのは、福島県沖にも津波地震が起きると考えるべきかどうかであって、その津波地震が起こるメカニズムの詳細ではありません。原発の規制において、津波がどんなメカニズムで起きるかは問題ではないでしょう。福島沖でも起きると考えていた学者の方が圧倒的に多くて、起きないという人はいなくて、北部と南部では規模がちょっと違うだろうという程度の話です。
東電の山下和彦地震対策センター長が2008年2月16日の御前会議で、推本の長期評価に基づいて津波対策をやるという提案が了承された、という供述があります。しかし判決は、「信用性には疑義がある」、「東京電力としての方針が決定されたといった事実までは認定することができない」とだけ述べているんです。じゃあ何だったら認定できるのか、という感じですね。武藤は否定していますが、社内メールにもある海水ポンプを建屋で囲うなどの対策は、津波対策を前提としているはずです。御前会議で、山下さんが長期評価を取り入れて対策をする提案が了承されていたからなのですね。御前会議に出たパワーポイント資料には、「津波高さの想定変更(添付資料参照)」と書かれています。
この添付資料がどこに行ったかわからないのですが、実は御前会議には、このパワーポイント資料だけではなく、津波対策の資料が別に配られた可能性があります。東電株主代表訴訟で、この資料を調査しろと東電の代理人にだいぶ言ったのですが、「資料の保管場所を見たが、そこには無かった」という答えで、では資料を作った本人に聞いたのかと尋ねると、「聞いていない」などと答える始末です。この御前会議の後、3月6日の社員のメールに「先回の社長会議でも津波の対応について報告しています」とはっきり書かれています。津波対策のスケジュール表も出ています。しかし津波が10mを大きく超えることがわかり、対策が大きく変わることになります。
6月10日には武藤に対策について決めてもらおうと会議が開かれます。実際に社内の決裁文書には何を決めて欲しいかが書かれていて、対策をやると決めて欲しかったというのが非常にはっきりとしています。しかし、武藤から4つの宿題が出る形で、この日は終わってしまいました。津波波源の信頼性に疑問があることが、対策を見送った根拠だと武藤は言い訳しますが、配布された資料をいくら読んでも、長期評価はバックチェックでは無視できないとしか書かれていません。宿題とされた点の多くも対策が前提とされており、対策を実施しないという方向性は示されていないのです。そして、対策先送りが決まる10日前の御前会議で配られた資料には、新潟県中越沖地震の影響で5237億円もお金がかかる上に、これは津波対策費用を除いた額なのだ、となっています。これに津波対策費用が数百億円乗ったらどうなるだろうという気持ちにさせる資料で、これが配られた10日後の7月31日に対策の先送りが決まったのです。しかし、7月23日の段階では、東電社員の高尾さんが他の電力会社の担当者に、「対策工を実施する意思決定までには至っていない」が、「防潮壁、防潮堤やこれらを組合せた対策工の検討を10月までには終えたい」と伝えているわけで、この時点では、現場は対策を取ってもらえると考えていたことがわかります。
7月31日は本当に短い1時間足らずの会議で、説明を聞いた上で武藤は、対策ではなく「研究をやろう」と言って、土木学会に研究を委託することになりました。高尾さんはそれを聞いて、「力が抜けた」と証言しています。実際に対策をやってもらおうと思っていたからだと思います。高尾さんの部下の金戸さんも、対策を決めてもらえるだろうと思っていたと証言しています。高尾さんの上司の酒井さんは、日本原電で津波対策の担当だった安保さんとの間で、「柏崎(刈羽原発)も止まっているのに、これで福島も止まったら、経営的にどうなのかって話でね。」と話していて、これこそが、対策が見送られた根本原因ではないかと私は思います。
東海第二原発では、完璧に長期評価に対応した対策をしたとは言えないまでも、対策が総合的にやられていて、東海第二原発はかろうじてメルトダウンを避けることができたと言えます。東電の方針変更を聞いて、日本原電の安保さんの上司は、「こんな先延ばししていいのか、なんでこういう判断になるんだ」と原電内部のミーティングで言っていたということが明らかになっています。
生業訴訟の仙台高裁判決の中に、次のようなところがあります。「東電が、『長期評価』の見解や貞観津波にかかる知見等の、防災対策における不作為が原子炉の重大事故を引き起こす危険性があることを示唆する新たな知見に接した場合に、その知見を直ちに防災対策に生かそうと動くことがないばかりか、その知見に科学的・合理的根拠がどの程度存するのかを可及的速やかに確認しようとすることすらせず、単にその知見がそれまでに前提としていた知見と大きな格差があることに戸惑い、新たな知見に対応した防災対策を講ずるために求められる負担の大きさを恐れるばかりで、そうした新たな防災対策を極力回避しあるいは先延ばしにしたいとの思惑のみが目立っていると言わざるを得ないが、このような東電の姿勢は、原子力発電所の安全性を維持すべく、安全寄りに原子力発電所を管理運営すべき原子力事業者としてはあるまじきものであったとの批判を免れないというべきである。」このように批判をしているんですね。刑事裁判の判決がこういう判決だったら本当に良かったのになあと思いますが、しかし、まさに刑事裁判で明らかになった数々の証拠がなければ、生業訴訟のこの判決はあり得なかったと思うのです。
一審で無罪判決が出てしまい、いま高裁に向けて取り組んでいるわけですが、この生業訴訟の仙台高裁判決は、刑事裁判の証拠を全部提出して出た初めての判決ではないかと思います。現場で交わされていたメールなどに基づいて、本来僕らが書いて欲しかった事実の認定が随所に書かれたすばらしい判決です。控訴趣意書と仙台高裁判決を元にして、東京高裁の裁判長に迫って、一審の無罪判決を覆すために、がんばりたいと思います。
具体的な結果回避措置と津波対策の必要性
(甫守一樹弁護士による10.9オンライン集会報告)
私からは、控訴趣意書の結果回避措置として第7と第8について報告しますが、結果回避措置のもっとも重要なことは第5に書いてあると思いますので、結果回避措置については第5も含めてご参照していただきたいと思います。
指定弁護士は、東電の最終報告書に書かれた4つの結果回避措置と、それにプラスして原子炉の停止を提示した上で、これらが完了するまでの間、福島第一原発は原子炉の稼働を停止しておくべきだったと述べています。図の①が防潮堤、敷地に水を入れないための対策です。②は防潮壁、防潮板と書いてあります。建屋を水密化して、建屋に水を入れないという対策です。③は重要機器水密化と書いてあります。建屋の中に水を入れても、原子炉の冷却のための電源設備さえ守っておけばいいという対策です。④は高台35mのところに電源車や消防車、発電機車から電力を繋ぐ開閉所も設置しておけばいいじゃないか、可動式熱変換器設備も置いておけばいいじゃないか、ということが東電の最終報告書に書いてあって、それプラス原子炉の停止があるというところで争点となってきました。
これについて東京地裁がどう判断したのかについてですが、地裁判決では、「しかしながら、指定弁護士の主張を前提としていても、いつの時点までに前記①から④までの措置に着手していれば、本件事故までにこれら全ての措置を完了することができたのか、判然とせず」云々と述べ、被告人らがそれぞれ、10m超えの津波の報告を受けたという時期に回避措置に着手したとして、間に合っていたよという主張がされていないので、原子炉を停止すべきかどうかの議論だけをすればいいですよね、という判決になってしまったのですね。だから指定弁護士としては、ここの主張を何とかしたいと考えたのでしょう。
それで、第7で主張がされているのですが、防潮堤については約4年、そして建屋の水密化、扉の水密扉化、こういった所には最長2〜3年、重要機器室の水密化は最長2年程度、別置き代替注水冷却設備については2年から2年半程度。そういう主張が新しい技術者の調書ないし証人尋問でなされるというような事が、この控訴趣意書から読み取れます。 そうすると、報告を受けたとされる時期から防潮堤は間に合わないし、扉の水密化までは微妙なのではないかなどについて、指定弁護士は控訴趣意書の中でどう言っているかというと、まずこれらの結果回避措置は、全部実施が可能なものであったと。そして15m超の津波算定結果が出て以降は、これらの対策工事を順次実施していくことで相応の効果を上げる事ができたと。それが結論なのですね。だから間に合ったとは断定していなくて、相応の効果があったという結論になります。
それでよいのかと疑問を持つ方もいらっしゃるかと思いますが、それには控訴趣意書の第5を見てください。第5について軽く説明しますと、基本的に原子炉を止めれば結果回避できたという前提の上で判決の批判をしているわけです。
第8のところが津波対策の実施の必要性という、これまでになかった観点になります。この中に引用されているのがIAEAの安全指針であり、その中に「Design Basis Flood for Nuclear Power Plants on Coastal Sites」というものがあります。これは1980年代の指針なのでけっこう古いのですが、この中に「PMT」というものがあります。可能最大津波とでも訳しましょうか、それは最悪のケースを想定しないといけないのだというようなことが書いてあり、防潮堤・防波堤で可能最大津波から原子炉を守る方法もあるけれども、それ以外の方法でもやらなければいけないのだよということが書いてあります。
こういうものを、技術者の方の調書を併用しながら、控訴審で主張立証をしていこうということのようです。一審で被告人側証人の岡本教授が証言した、ドライサイトコンセプトを批判するとともに、建屋水密化、重要機器室の水密化、代替設備の高所設置などが容易にでき、それは当然、事故前から存在していた結果回避措置だったと主張立証していくと、控訴趣意書には書いてあります。
内田秀雄さんという、東大の教授や原子力安全委員会の委員長も務められた方が1990年代に書かれた本があります。内田さんは、原子力安全の目標は通常運転中は勿論、あるとは思えないような仮想的事故の発生を想定しても、敷地外の一般公衆には放射線による傷害、災害を及ばさないことである。その目標を達成するために通常運転中では保守管理に注意して異常事象の発生を防止し、仮に異常事象が発生してもそれが重大な事故に発展することのないよう、多重障壁、深層防護に基づく設計方針をとる。こういったものは、交通機関や一般工業施設でも一般的に行われているのだけれども、原発の場合は次元の違ったものになる、というようにこの本で述べています。深層防護、多重防護というような主張立証は、一審では当たり前のこととしてあまり表立った主張はありませんでしたが、控訴審ではそこを見直していこうということだと思われます。
そしてこの第8では、何度も東海第二原発の津波対策の話がされています。日本原電は、長期評価を取り入れないと決定していた東電の方針に従わざるを得なかったと言う訳ですが、リスクを低減するためにできる対策から順次やっており、それが当然なことであって、東電はそれすらしなかったんだ、というようなことが念押しのように書いてあります。
指定弁護士はこの章の小括で、「本件原子力発電所において、本件措置①~④の津波対策を実施する必要性は、極めて高い状況にあった。東京電力が、「O.P.+15.707m」の数値結果を受領しながら、何ひとつ津波対策を実施せず、その着手すらしようとせず、漫然と本件原子力発電所の運転を継続し、本件事故を迎えたことは、東京電力のそれまでの津波対策についての対応と比べても異質であり、原子力事業者として求められてきた安全対策にかかわる基本を大きく逸脱したものであった。」と書かれています。「それまでの津波対策についての対応と比べても異質」だというところに違和感を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。それは、生業訴訟のように組織の過失を追求している裁判と違って、これはあくまでも、被告人3人の注意義務違反、結果回避義務違反を追求している裁判なので、東京電力という会社が持続的に悪いことをしていたという追及ではなく、被告人個人の責任を強調しなければならないといった事情によるものと思います。ということで私からのご説明は以上です。
海渡弁護士の新刊が発売!
東電刑事裁判 福島原発事故の責任を誰がとるのか
- 海渡雄一著
- 彩流社 2020年11月発行
- A5判 / 208ページ / 並製
- 定価:1,300円 + 税
- https://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-2641-3.html
(海渡雄一弁護士のfacebookより抜粋)
弁護士の書いたわかりにくい文章は、編集者からの厳しい指摘を受けて、何度もリライトし、かなりわかりやすくできたと思います。たくさん脚注や図表、重要な証拠なども引用しています。
これまでたくさんの本を書いてきましたが、この本は3.11後、精魂傾けて取り組んできた東電刑事裁判で昨年九月に受けた屈辱の永渕裁判長による東電を免罪した被告人三名の無罪判決をなん
としても覆したいとの一念でまとめたものです。
とても愛着のある本になりました。これを読んでいただければ、この裁判は有罪判決の結論しかないとわかっていただけると思います。
映画「東電刑事裁判 不当判決」
上映&海渡弁護士講演会
2020年12月20日(日)フォーラム福島 福島県福島市曽根田町7-8
- 13:00~13:40 映画上映
- 13:40~14:40 海渡雄一弁護士講演
- 14:40~15:30 質疑応答など
- 入場料:1,000円
- 要申込:024-533-1717
2021年1月17日(日)まちポレいわき(ポレポレいわき)福島県いわき市平字白銀町1-15
- 13:00~13:40 映画上映
- 13:40~15:10 海渡雄一弁護士講演・質疑応答など
- 入場料:1,000円
- 問合せ:0246-22-3394
*「東電刑事裁判 不当判決」のDVDも販売中です。お求めの方は支援団事務局までメールか電話でお問合せ下さい。1枚500円です。
オンライン集会
「原発事故から10年 ここまで明らかになった真実」
2021年1月24日(日)13:00~15:00
添田孝史さん(科学ジャーナリスト)講演「裁判が明らかにした事実、事故調が隠し続ける事実」
他に、海渡弁護士より東電株主代表訴訟の報告、原発事故被害者の声 など。
事務局からのお知らせとお願い
■支援団の活動は、みなさまの年会費・カンパで支えられています。2020年の会費の納入をまだされていない方はお願いいたします。
- 年会費は一口1,000円、一口以上です。カンパも歓迎です。
- 振込用紙(手書きの払込取扱票)で納入される場合は必ずお名前・住所をご記入ください。
- ゆうちょ銀行の普通口座(通帳)からお振込み(窓口・ATM・ネットバンキング)をされる場合、その口座開設時のお名前・ご住所で通知されます。ご住所等に変更があった場合はその旨ご連絡ください。
- ゆうちょ銀行以外の金融機関からお振込みされる場合、こちらには口座名義人のお名前がカタカナで通知されます。間違い登録を防ぐため、お手数ですがメール等で入金のご連絡をいただけると助かります。
- 領収書が必要な場合はご連絡ください。メールの際は、件名を「領収書依頼」としてお送りください。
ゆうちょ銀⾏(郵便局)からお振込みの場合
郵便振替口座:02230-9-120291
口座名:福島原発刑事訴訟支援団
その他の⾦融機関からお振込みの場合
銀⾏名:ゆうちょ銀⾏
⾦融機関コード:9900
店番:229
預金種目:当座
店名:二二九(ニニキユウ)
口座番号:0120291
■支援団を、知人・友人の方々にも紹介して広めてください。ご紹介いただくために入会申込書などが必要でしたらご連絡ください。必要部数をお送りいたします。
ニュースの名前「青空」は、強制起訴が決まった2015年7月31日の東京地裁の前で見た「どこまでも晴れわたった青空」から命名しました。表題は佐藤和良団長の書によります。
2020年12月11日発行
〒963-4316 福島県田村市船引町芦沢字小倉140-1
080−5739−7279
メール:info(アットマーク)shien-dan.org