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「あきれ果てても諦めない」、東京高裁の不当判決に怒りの抗議! 最高裁へ!指定弁護士が上告、公正な裁判を!!
:佐藤和良
佐藤 和良(福島原発刑事訴訟支援団団長)
福島原発刑事訴訟支援団のみなさま
1月18日、東京高裁第10刑事部(細田啓介裁判長)は、東京電力福島第一原発事故により業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電の勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長に対する控訴を棄却し、全員無罪の原判決を維持しました。この不当判決は、第1審よりひどく、長期評価の信頼性を全面否定し、原子力事業者を免罪する酷い反動的判決でした。
被害者、被災者を再び踏みにじった、東京高裁判決を許すことはできません。福島第一原発事故は終わっておらず、「被害者地獄、加害者天国」でいいはずはありません。東京高裁の不当判決に満腔の怒りを込めて抗議します。
1月20日、福島原発告訴団・福島原発刑事訴訟支援団、被害者参加代理人弁護団は、検察官役の指定弁護士に対して、それぞれ上申書を提出して、最高裁への上告を訴えました。
告訴団・支援団は、「亡くなられた双葉病院の患者さんのご遺族をはじめ、告訴・告発人でもある多くの原発被害者が全く納得できないものでした。現場検証や証人尋問、避難者訴訟最高裁判決や東電株主代表訴訟判決の証拠採用もせず、審理を尽くさず下した判決の不当さに胸がえぐられる思いでした」「原発事故を引き起こした責任を取るべき経営陣を正しく裁くことができなければ、必ず次の原発事故を招いてしまう」と訴えました。
弁護団は、「このような判断を確定させると、まさに次の重大な原発事故を繰り返してしまうことが危惧されます。この判断を確定させてはならないと思います。指定弁護士の先生方には、ぜひ、事件を最高裁に上告していただき、昨年6月の最高裁判決との矛盾を掘り下げて、この判決を覆していただきたいと思います」「控訴審判決は、原発はその事故被害の悲惨さ故に、他の施設とは異なる高度な安全性が求められるという、原発事故の責任を検討するための核心から目を背けています。また事実誤認、証拠評価、法的判断の誤りも散見されます。このような不当判決では、本件原発事故の責任を正しく裁いたとはいえません。遺族はもとより、福島原発事故の被災者らも控訴審判決に対して納得していません」と述べました。
検察官役の指定弁護士も、判決言渡し後の記者会見で、「判決は到底容認できない」「判決は、国の原子力政策に呼応し、長期評価の意義を軽視するもので、厳しく批判されなければなりません。我々としては、この判決内容を詳細に分析して、上告の可否等について改めて検討していきたい」との見解を示していました。そして、刑法一般の「現実的な可能性」と、原発が想定すべき可能性の違いについて「自然災害から原子力発電所を守る時の注意義務として、このような(判決のような)考え方でいいのか、議論の余地がある。我々としては議論をもっともっと深めていきたい」と話し、1月24日、最高裁判所に上告しました。
福島原発事故から12年。裁判の舞台は最高裁判所に移ります。被害者、被災者はあきらめません。私たちは、福島原発事故の責任を明らかにするまで、闘い続けます。みなさま、上告審に向けて、粘り強く頑張って参りましょう。
(2023年2月20日)
高裁判決 みんなの想い
判決の日は、まさか現場検証もせずに簡単に無罪になど出来るわけがないと、判決文までしっかり聞きたいと思いましたが、被災者、被災地に寄り添う気持ちなど微塵もなく、ただ無罪判決を出すために屁理屈を捏ねまくったような内容に、本当に体調が悪くなり、最後途中退場してしまいました。
GX法案の閣議決定強行などで、国会でも再稼働したら電気代下がるなど平気で答弁していたり、CMでも散々刷り込まれたりと、原発事故後、被害の矮小化をしてきた仕上げがこれかと今さら実感した。原発回帰の波に飲み込まれてしまわないように、最高裁まで諦めずに抗いたい。(田村市都路から避難 吉田優生さん)
ああ、やっぱりどうしても比べてしまう、株主代表訴訟の判決言い渡しとの違いを。
株主訴訟の朝倉裁判長の言葉は、私たちをも被害者と見なし同情し共感しているように聞こえ、東電幹部を断罪する強い口調や、日本のあり方まで意識した確信に満ちたまっとうな一言一言に涙が滲んだ。
ところが今回の細田裁判長はといえば、いちいち指定弁護士の揚げ足をとる言葉の羅列を聞くのが苦痛でしかなかった。無罪にするための屁理屈を無理に並べただけの、政府におもねるクソ判決のくせに、国策に反対する者への悪意を滲ませていた細田裁判長を軽蔑するし許すことができない。こんな判決を受け入れることも到底できない。(鏡石町 山内尚子さん)
1月18日、東電福島第一原発過酷事故をめぐり業務上過失致死傷罪で強制起訴されていた勝又恒久元会長始め3被告に対する東京高裁判決は一審を支持「不合理な点はない」と無罪を言い渡した。
傍聴席53席のために長蛇の列をなす、高い関心を示す裁判だった。
しかし、判決は「津波の襲来を予測することは出来ず、事故を回避するために、原発の運転を停止するほどの義務があったとは言えない」と「長期評価」の信頼性をけなす事だけに集中した判決内容だった。
しかし、考えて欲しい!「長期評価」は1995年の阪神淡路大震災(死者6,434名、行方不明者3名、負傷者43,792名)という戦後最悪の被害をもたらした教訓から得たもので、それを否定するなど裁判長としてあるまじき行為と言わねばならない。何よりも国民・市民感覚とは相容れないものだった。
いわき市駅近傍のある狭い坂道に小・中・高学校の通学路がある。その脇の高級住宅に高さ3メートル余りの大谷石の石材で造った塀が建っていた。それが近年、解体されている。その真意を裁判の前日に家主の女性に伺ってみると、「子ども達に、もしものことがあったら大変だと思い…低くした」と言うのだ!!
これが市民感覚なのだ!
私も10数年前、富岡町の直径1メートル余りの巨木が近くの住宅に倒れたら…と思い伐採している。東電3被告と裁判官は、その感覚を忘れ危険極まりない原発を動かすことだけ考えていたことになるのだ!(富岡町から避難 石丸小四郎さん)
史上最悪レベル7という未曾有の原発事故によって、多くの貴重な人命や財産を奪われ豊かな自然と共生していた営みや日常生活は二度とできなくなってしまった。その過酷現場の調査もせず控訴棄却という不当な判決をくだした裁判官たちは、原発事故被災者の深い悲しみや絶望をどれ程理解しているのだろうかと疑問は尽きない。裁判では、当初盛んに宣伝された「想定外」ではなく、隠されていた真実が次々と明らかになった。人命重視の津波対策より経営を優先させた旧経営陣の責任は重く厳しく断罪されなければ、この国はいつの日かまた同じ過ちを犯してしまう。不当判決は怒りや失望とともに、最高裁勝利に向け再び進もうという決意を私に蘇らせた。
(郡山市 蛇石いくこさん)
私はこの高裁判決の傍聴に立ち会えるとは思っていませんでした。抽選はいつもながらのはずれで、弁護士会館で気勢を上げるしかないと思い、日比谷公園を歩いていました。その時、支援団の方から連絡があり、私の傍聴券が取ってあると言います。急いで高裁前に戻り傍聴券を受け取りました。感謝申し上げます。
その高裁判決ですが、私の期待とは程遠いあっけにとられた内容の判決でした。検察官役である指定弁護士の主張をことごとく否定しました。*国の地震予測「長期評価」を「巨大津波の現実的可能性を認識させる情報とは認められない。」その上で、*「原発の運転を停止する義務を課すほどの予見可能性はなかった。」としました。更には、*「防潮堤設置や震災対策でも事故は回避できなかった。」とまで言っております。
この高裁判決では法令で義務化されるまでは、審議会等で提言されても安全対策を実施しなくても責任を問われないということになります。これでは、巨大リスクを伴う原発事故に対する認識が甘すぎます。実際、部分的対策を取った東海第二原発は大事故に至りませんでした。また、部分修理なら短期の運転停止で済み大きな影響を与えないで済むはずです。
多くの方の無念を思うと上告しかありません。(いわき市 米山努さん)
裁判と言うシステムの論理が腑に落ちないでいる。高等裁判と言うのに、判決は高等さの欠片もない、金持ちと権力に忖度した権力乱用の判決だったと思う。
放射能が持つ、臭いも色もないのに、汚染されたら人体はもちろん、地球上の全ての生物の遺伝子・DNAを壊す重大な危害を全く無視した判決を下しており、許されざる判決だった。この判事は、人格的に断罪されるべきではないかと感じた。
一縷の望みとして、最高裁の判事には、放射線被曝者の痛みがわかる判事を迎えたいと期待する。(西郷村 菅野行雄さん)
開廷直後、被告2人(武藤、武黒)を法廷中央に立たせ「主文、控訴を棄却する」と判決を言い渡す。えっ? 不気味に静まりかえった法廷。その後、これでもか、これでもか、と無罪判決の屁理屈を100分に亘り繰り返す。時々「証明不十分」「立証不足」の文言が聞こえる。
だが証人申請、現場検証の申請を認めなかったのは誰だったのか? 弁論再開も認めずに「証明不十分」「立証不足」の言いぐさはないだろう。東北の鬼と化した傍聴者の怒りが、退廷する裁判官の背に「恥を知れ」と言葉の礫を放った。
さあ最高裁だ。「あきれ果てても諦めない」との武藤類子さんの言葉。我らは罪の責任を求め一丸となり進む。<三権連立>から三権分立へ。(田村市都路から避難 浅田正文さん)
嫌な予感はした。裁判長が被告人ら武藤氏、武黒氏に対して敬語で証言台前に来てくださいと言ったとき。主文、控訴棄却。無罪はありうると思ってはいた。では、長期評価の信頼性を認めた上で、どのような論理で無罪としたのか、しっかりメモを取らねばと姿勢を正した。しかし、その理由は、ツッコミどころ満載の弁護人主張のコピペだった。島崎邦彦さんが証言した、内閣府から地震本部事務局への様々な圧力を長期評価の信頼性がない理由を使っていた。判決が事実を捻じ曲げている。原発差止訴訟で電力会社が、自然科学を捻じ曲げて主張し、裁判所が諾々と受け入れ住民敗訴判決を言い渡す場面と重なった。終盤で、「時間が迫ってきた」として、検察官役の指定弁護士の主張をまるっと省略。2時間目途って決まってたんか!この判決の誤りは私たち市民が正していかなければ。
(東京都 松田奈津子さん)
一審判決をそっくりなぞった東京高裁の判決は、検察代理人の指定弁護士が提出した証拠を精査せず、被告東電側の主張に寄り添った政治的判決だった。物事の正・不正を判定するのが裁判であり、判決は事実の認定と法律の適用によって判断される。事実認定は、現場検証を試みること、また証人を招致して言質を取ることによってなされるのが、世間一般に通用する「常識」ではないだろうか。常識のないことを「非常識」と言うが、極めて素朴な疑問だが、「非常識」な判断を高等裁判所の裁判官が下すことが許されるのだろうか。東京高裁の判決は、真っ当な審理を経ない不当判決だった。
(東京都 渡辺一枝さん)
この国はいつからこんなにおかしな国になってしまったのか? 統一教会問題があらわになってきたように、原子力ムラという言葉で表現される、官僚、政治家、電力会社、科学者などの関係性のさまざまな問題も早くあらわになってほしい。この判決はあまりにも理不尽極まりないものだから。今回は勤務日が動かせなくて傍聴に行けず、残念だったのだが、一審よりひどい判決内容というその報告を聞いて、唖然とした。 海渡弁護士をして、「なぜこんな裁判官が生まれたのか考察する必要がある」と言わしめるほどだ。「あきれはててもあきらめない!」より一層、奮起しよう!!
(三春町 庄司郁子さん)
無罪なら誰が責任を取るんだ。くやしい地裁判決の後、何度も高裁前に集まり声を上げ「公正な審理を」と求めてきたみんなの顔や言葉が浮かび胸が詰まりました。ある日のスタンディング、いつもは明るい女性が「事故の後、私の心には棘のように刺さったものがあり、時々それがチクっと痛みます」と話した。その棘を取り除くことができなかった。身もふたもない判決でのさらなる痛みの深さを思うと言葉に表すこともできない。株主代表訴訟では、被告たちが数百億円の対策費用を出し惜しみ先送りし、その挙句の事故であり、慢心と怠慢があの事故を引き起こしたとした。被告たちの責任はまぬがれないとしたのだ。刑事裁判で責任を問われないままでは終わらせられない。次は最高裁、三浦裁判官のような意見書を書いてくれる裁判官もいる。あきらめずにいきたい。
(東京都 七戸わこさん)
判決当日、高裁前で待機していた私達の前に「全員無罪」と示された瞬間、地面が揺れたように感じました。自分の能天気さにショックを受けたのかもしれません。株主代表訴訟は昨年7月の判決を傍聴席で聞くことができ、また鋭く真っ当な被告人尋問も傍聴していたので、同じ被告の無罪は有り得ないと勝手に決め込んでいました。何時地震が起きるかわからないのに、判決の「津波対策を講じていても間に合わなかった」、との後付け理由は極め付きのお粗末。高裁判決は更なる屁理屈を押し通した内容でした。2月12日の郡山報告集会では弁護士さん達のお話「勝つ方法」、そして判決を傍聴された方々の前向きなお言葉から逆に力をいただいて帰りました。最高裁が科学的合理性にかなった判断を示されることを期待します。
(埼玉県 宇野知左子さん)
判決を、旗出し担当の古川さん工藤さんとロビーのソファで時計を気にしながら待っていた。2時を過ぎてすぐ、廊下に何人も急いで出てきたので見たら、わこさんが走って来て「全員無罪」と知らせてくれた。用意していた中で最悪の旗を二人に渡し急いで外へ向かう。
裁判の進行から考えて、素晴らしい判決が期待できると思えはしなかったから、一審判決の時ほどショックではなかったけど、でも「こんな判決しか出ないのか」と思うとただ悔しかった。
報告集会で弁護士さんたちの判決解説を聴いて、改めてこの裁判の裁判官たちが真摯に原発事故に向き合うことなく判決を出したのだとわかって余計に悔しさと怒りを感じた。(東京都 小川幸子さん)
原発事故がおきて私たちは避難した。そしてまだ戻れないと考えている。そこに強制も自主もない。それでもかたや避難を認められていると思われ、かたや世間の同情を得ていると感じている。
こういう気持ちのザワつきはずっとあって今でも些細なことでザワつき始める。
私はこのザワつきの原因は加害者が裁かれず、真に責任を負っていないからだと思っている。けれど今回の判決も被害には目もくれず、加害に目を瞑って、またもや責任の所在を曖昧にした。
刑事では無罪でも、民事では勝ち取っているのだから意味はあったという報道もあったが、法律に疎い私には道義的責任はあっても社会的責任はないと聞こえてしまう。
社会的責任がなかったはずはない。電気はそう簡単には止められないと公判のなかで何度も聞いた。それこそ社会的責任で、止めないために、事故をおこさないためにできることはあったのに。
この刑事裁判で被告が有罪になったからといって私のザワつきが消えてしまいはしない。それでも原発事故の被害者として傷ついた甲斐はあったと考えられるような気はする。(富岡町から避難 古川好子さん)
東京高裁判決の日、有罪判決の旗を掲げることしか考えていませんでしたが、一審に続き再び崖から突き落とされました。歴史に禍根を残す判決に、多くの人々が控訴審を求めましたが裁判長の不誠実な態度と判決内容で、足蹴りにされた思いです。
原発事故で会津の体育館に避難した高学年の子ども達は家や友達や宝物の品々を奪われた怒りを激しい言葉や行動で訴えていました。子どもの姿に泣きながら相談されるお母さんもいました。原発事業者の誰一人として責任を取らないことが許される国は、絶望しかありません。正しく裁かれ償わせ、未来を築く希望を取り戻すため崖から這い上がりましょう。いざ最高裁へ!(会津若松市から避難 工藤悦子さん)
比較して見る東電刑事裁判控訴審判決の誤り:海渡雄一弁護士・大河陽子弁護士
本稿は、2023年2月12日に福島県郡山市で開催された「最高裁へ! 東電刑事裁判控訴審判決 報告集会」での海渡雄一弁護士と大河陽子弁護士による裁判報告等をもとに再構成したものです。
海渡:おそらく皆さんも、たくさんの新聞記事などの報道で、刑事裁判は民事裁判である東電株主代表訴訟とは違うんだ、刑事責任を問えないのは仕方ないんだ、などという識者と呼ばれる人の話を聞いたことがあると思います。結論から言えば、刑事責任と民事責任とでは求められる立証のレベルが違うのは確かです。けれども、推本(地震調査研究推進本部)の長期評価(地震や津波の発生確率の予測)に信頼性があったかどうか、津波対策をすることができたか、していればこの事故が防げたかについては、完璧な立証が刑事裁判でできています。ですから当然、有罪判決を言い渡すことができたのだ、というお話を大河先生と一緒にしていきたいと思います。
大河:よろしくお願いします。刑事裁判控訴審判決との比較のために、避難者訴訟最高裁判決と東電株主代表訴訟東京地裁判決について少し説明が必要ですね。最高裁判決は避難者の方々が国の責任を問う4つの訴訟に対する判決で、昨年6月17日に、4人の裁判官が3対1で国の責任を認めないという残念な判決が言い渡されました。東電株主代表訴訟判決は、昨年7月13日に原告勝訴判決が言い渡されました。被告の元東電経営陣4人に13兆円を超える損害賠償を会社に支払うよう命じた判決です。
海渡:福島の方が言っておられましたね。この裁判についてまだ誤解している人がいると。「株主」と聞くとお金持ちの人を連想する人がいるそうですけれど、この裁判の原告は庶民の皆さんです。しかも申し訳ないことに勝訴しても原告は1円ももらえません。私たちも13兆円分の弁護士報酬がもらえるかと思いきや、実際に回収できた金額に応じて通常の弁護士報酬を裁判所が決めるだけなんですよ。法制度からいっても株主代表訴訟というのは、会社の取締役らが違法行為を行わないよう監視するものなんですね。
控訴審判決は次の原発事故を準備する危険な論理
大河:今年の1月18日、東京高裁の細田啓介裁判長は、控訴棄却(全員無罪)の判決を言い渡しました。私たちは被害者参加代理人として、法廷で2時間近く判決言い渡しを聞いていましたが、海渡先生はこの判決を聞いてどう思われましたか?
海渡:ひと言で言うと、この裁判官は自分の頭で考えていないということですね。結論を無罪と先に決めて、一審判決を指定弁護士や我々が批判したことに対し、被告人側の主張をペタペタ貼り付けて反論するという、チープで何の気概も感じられない空虚な判決に思えました。
大河:2時間聞いているうち「異議あり!」と何度も言いたくなるような、そんな言い渡しでしたね。
海渡:この判決を端的に批判すると、被告人らが必要な事故対策をしなかったことを免罪し、次の原発事故を準備する危険な論理となっている判決だということです。
大河:長期評価の信頼性を否定しながらも、「見過ごすことのできない重みがある」ものだとも言っています。一審判決にはなかった言葉ですよね。
海渡:「見過ごすことのできない重みがある」ものを無視していいと判決したんですよ。まったく理解し難い。噴飯ものです。
大河:これについても後ほど、東電株主代表訴訟の朝倉佳秀裁判長による明解な認定と比較しましょう。
原発事故被害の大きさ、悲惨さを考慮していない
大河:控訴審判決の誤りについてですが、まず判決は、原発事故の被害を全く考慮していないということがあります。判決要旨や法廷での読み上げでも原発事故がどんな被害を引き起こしたかということに全く触れていません。これは、原発事故が起きたらどんな悲惨なことになるかということに裁判官が全く関心を持っていないし、認識もないということを表しています。
海渡:法廷で読み上げなかっただけでなく、その後、判決全文を入手しましたが、その中にもありませんね。
大河:一審の東京地裁での審理では、双葉病院の事件について供述調書が何十通も出てきて、証人尋問でも3人も証人がお話されるなど、指定弁護士が非常に力を入れて立証していたのに、控訴審判決ではそれを全く活かしていません。これらの供述によって、原発事故の避難がどういうものか、どれだけ避難が困難かということが具体的にわかったはずです。自衛隊による救助作業中に線量計の音が鳴る間隔がどんどん短くなってきたとか、医師免許を持った自衛官が「もう限界だ」と叫んだとか、放射性物質が救助を妨げ本当に危機的状況だった中で多くの被害者が出たということに、裁判官は全く見向きもしなかったということです。被害者のご遺族の方々が、心情意見の陳述をされています。「誰一人責任者が責任を取っていないのは悔しい」「刑事責任をとってもらわないと今後の教訓にならない」「母の死因は急性心不全だが、東電に殺されたと思っている」など、痛切な言葉が記録に綴られています。
海渡:原発は、高度の安全性が求められるような危険な施設であることを踏まえて、原発事業者とその取締役の責任を問わなければなりませんが、その根幹がこの判決からはすっぽり抜け落ちているんですね。
大河:原発事故の被害はそのほかにもありまして、福島第一原発周辺の7市町村には今も帰還困難区域が残っています。双葉町と大熊町にまたがる中間貯蔵施設は、東京都渋谷区よりも広い面積があり、汚染土を保管する場所として使われてしまっています。その汚染土を各地で埋めるという再利用の実証事業に環境省が乗り出しています。埼玉県の所沢市や、東京都内もですよね。
海渡:新宿御苑ですね。私の事務所から歩いて数分です。放射性廃棄物というのは本来、人間が暮らす環境から隔離しなければいけません。それを世界中からたくさんの人が見に来るような公園にわざわざ埋めようという。安全性を宣伝するための実証事業でしょうが、安全ですよって最初から決めてかかって、大勢の人が集まるところでやろうというんだから、原発事故後の原子力そして放射性廃棄物管理に関するいい加減さを象徴するような事業ですね。
大河:一方で、東電株主代表訴訟では原発事故の被害をどう認定したかというと、原発事故というのは、原発従業員や周辺住民等の生命・身体への危害や周辺の環境を汚染することはもちろん、それに限らず国土の広範な地域と国民全体に対しても甚大な被害を及ぼすものであり、「ひいては我が国そのものの崩壊にもつながりかねないもの」とまで言っていて、原発は危険な施設なのだということを具体的に認定していますね。
海渡:判決文のその後の部分も重要ですね。原子力事業者は最新の科学的、専門技術的知見に基づいて、過酷事故を万が一にも防止すべき社会的・公益的義務があると言っています。ここの所は1992年の伊方最高裁判決を引用しつつ、かなり加筆していますね。「コミュニティの崩壊」とか、「わが国そのものの崩壊」とか。伊方最高裁判決には無かった言葉ですが、福島原発事故後にこの判決を適用するなら当然こう言うべきだと朝倉裁判長は考えたのだと思います。
大河:そういうことで、東電株主代表訴訟判決はきちんと原発の危険性を認定したということですね。
原子力関連法令の趣旨や目的を踏まえていない
大河:刑事裁判で問われているのは業務上過失致死傷罪です。業務上必要な注意を怠ったかどうかがこの罪の成否の分かれ目になります。ところが控訴審判決では業務上の注意義務について、原子力関連法令が規定している原発事業者の義務やその取締役が負う注意義務についての考察が欠落しています。
海渡:これでよく判決が書けたと思いますよね。この点は、東電株主代表訴訟と比較するとわかりやすいですね。
大河:はい。東電株主代表訴訟判決では、原子力災害対策特別措置法や原子炉等規制法、電気事業法など関連法令を多数引用して、これらの法令によって、原子力事業者には原発の安全性を確保すべき一義的責任があるのだと認定しています。取締役にも、事故を防ぐために必要な措置を指示する義務があるということについて、法令に基づいた考察がされています。
実は最高裁判決の多数意見も刑事控訴審判決と同じ誤りをしていて、法令の名前はいくつか出ていますが規定をなぞるだけで、その規定が何の目的でどういう趣旨で定められているのかという検討を全くしていません。
海渡:多数意見というのは国の責任を否定した3人の裁判官による判決の部分です。多数意見では原子力基本法とか原子炉等規制法など重要な法律が抜けているんですね。それにひきかえ国の責任を認める反対意見を書いた三浦守裁判官は、東電株主代表訴訟と同じように丁寧な認定をしましたね。
大河:三浦裁判官の反対意見では、原子力基本法からはじまり一番下位の技術基準までその趣旨を丁寧に検討して、これらの法令の趣旨から、国は事業者に対し、極めてまれな災害も未然に防止するために必要な措置を講じさせるよう規制すべきだったとして、国に責任があることを導き出しています。そういった法令のあり方をめぐる考察が、控訴審判決には欠けています。
海渡:三浦反対意見では憲法との関係についても触れられています。非常に大事な部分ですから少し長くなりますが引用します。
「原子炉施設の安全性が確保されないときは、数多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼすなど、深刻な事態を生ずることは明らかである。生存を基礎とする人格権は、憲法が保障する最も重要な価値であり、これに対し重大な被害を広く及ぼし得る事業活動を行う者が、極めて高度の安全性を確保する義務を負う」「原子力施設等が津波により損傷を受けるおそれがある場合において、電気供給事業に係る経済的利益や電気を受給する者の一般的な利益等の事情を理由として必要な措置を講じないことが正当化されるものではない。」
大河:これは最高裁判決の書き方にしてはずいぶん力が入っていませんか?
海渡:三浦裁判官の反対意見は30ページ近くあって、判決全体の半分以上あります。そして非常に論理的で、判決書の形式で緻密に書かれているんですね。私はこれは、最高裁の調査官が下書きを書いたのではないかと思います。けれども多数意見を批判している箇所、先ほど引用した箇所などは、とても強いトーンで書かれています。2つの文体があるんです。この強い想いで書かれた部分は三浦裁判官が書いた部分でしょうね。
大河:調査官とはどのような人たちなんでしょうか?
海渡:最高裁判所調査官といって、言葉は悪いけれども最高裁判事の下請けなんて言われたりするんですが、最高裁判決の大半は、若くて優秀な調査官が書いているのが実態です。その調査官が、この事件は明らかに国に責任があるという意見を持っていたことが、三浦反対意見を通してはっきり読み取れると私は思っています。
大河:ということは、私たちの主張を分かってくれている若い優秀な調査官が最高裁にいるということですね。
海渡:そうです。その点が我々の勝利につながる好材料です。そこにたどり着けば我々に勝機はあるということです。
科学的知見に「過度の信頼性」を要求した誤り
大河:控訴審判決の話に戻りますが、判決は長期評価について何度も「津波の襲来についての現実的な可能性を認識させるような情報ではない」といって信頼性を否定しています。しかし、科学的知見に「過度の信頼性」を求めると、かえって原発の安全が確保できなくなるという批判があります。
海渡:この点について東電株主代表訴訟判決では、東京大学地震研究所名誉教授の纐纈(こうけつ)一起さんの意見を引用して説明されていますね。「地震や津波などの自然現象に関する知見は≪中略≫理論的に完全な予測をすることは原理的に不可能である上、実験ができないので過去の事象に学ぶしかないが、過去のデータが少ないという限界がある」「例えば、研究者の間で異論が存在しないとか、裏付けるデータが完全であるなど、津波の予測に関する科学的知見に過度の信頼性を求めると、現実に起こり得る津波への対策が不十分となり、原子力発電所の安全性の確保が図れない事態(全電源喪失による過酷事故)が生じかねない」。この認識が控訴審判決には欠落してるんですよ。これが誤りの根源であると思います。
大河:最高裁判決の三浦反対意見も、東電株主代表訴訟判決と同じ見解を示していますね。長期評価に不確かさがあることを認めたうえで、「自然現象の予測が困難であって、不確実性を伴うことは、むしろ当然のこと」と言っています。そして対策を取るべき津波というのは「確立した見解に基づいて確実に予測される津波に限られるものではなく、最新の知見における様々な要因の不確かさを前提に、これを保守的に(安全側に)考慮して、深刻な災害の防止という観点から合理的に判断すべきものである」と認定しています。
海渡:これが地震や津波を相手にする場合に求められる正しい信頼性のレベルなんですね。科学的知見が確立していないからと何もしないでいると、取り返しのつかない過酷事故を起こしてしまうのです。このことで思い出すのは、2007年に静岡地裁が、浜岡原発運転差止訴訟で請求棄却により原告敗訴の判決をしたことです。
大河:海渡先生や河合弘之弁護士も担当した差止訴訟ですね。
海渡:この裁判はほんとうは勝つはずだった。河合さんも私も他の弁護士たちも、これは勝つぞ、と思って判決に臨みました。東海地震研究の第一人者で、「原発震災」という言葉を生み出した神戸大学名誉教授の石橋克彦さんも静岡地裁に来られたので、「一緒に歴史的判決を聞きましょう!」と誘ったんですが、「いや…私は外で待っています」と断られちゃった。
大河:石橋先生は傍聴されなかったのですか。
海渡:そう。何か嫌な予感がしたらしいんですよ。「なんだ水くさいなぁ」なんて私は思っていたんですが、判決はまさかの原告敗訴。その時に石橋先生が記者に言ったのが「判決の間違いは自然が証明するだろうが、そのときは私たちが大変な目に遭っている恐れが強い」という言葉です。
大河:まるで3.11を予言したかのような言葉ですね。この時の静岡地裁判決が、今回の刑事控訴審判決と同じ誤りを犯していたということですね。
海渡:静岡地裁判決では、過去に起きたことのある地震より大きな地震が起こることを否定はできないとしながら、「しかし、このような抽象的な可能性の域を出ない巨大地震を国の施策上むやみに考慮することは避けなければならない」と認定しました。否定はできないと言っているんですよ。否定できない地震なのに考慮するなという判決になった。まさに石橋先生が言ったように、この判決が間違いであることが、最悪の原発事故によって証明されてしまったのです。
津波が近い将来起きそうかどうかが問題になるのではない
大河:控訴審判決の読み上げの時に何度も耳についたのが「現実的な可能性」という言葉ですね。「現実的な可能性」とはどのようなものを指すかということなのですが。
海渡:それを考察するために、福島原発事故前の、原発の安全に対する国の指針はどうなっていたか振り返ってみましょう。
大河:2006年に改訂された新耐震設計審査指針では、津波について「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがない」ようにしなさいと定めました。
海渡:まさに「極めてまれ」な津波を想定している。極めてまれだけれども起きる可能性が否定できなければ、ちゃんと対応しなさいと国が命じている訳です。
大河:さらにこの指針には解説が付いていて、「残余のリスク」というものがあり、施設の重大な損傷、大量の放射性物質が放出されること、周辺に対して放射線被ばくによる災害を及ぼすことについて十分認識しつつ、合理的に実行可能な限り小さくするための努力を払うべきだと定めています。
海渡:現実にそういう事故が起きるということを前提にして対策をしなさいということです。この前提から見ても、極めてまれであっても科学的に予見された以上はきちんと対策を取ることが義務づけられていたことが、国の指針からも裏付けられます。
大河:この指針が出された翌日、原子力安全・保安院が原子力事業者に「耐震バックチェック」を行うよう指示をしました。
海渡:それまでに建設された原発が、改訂された新しい指針に照らして安全が確保されているか確認をしなさい、ということです。そのためには最新の知見を取り入れなさいよ、とも指示したわけです。
大河:東電はその作業の中で、他の原子力事業者とも足並みをそろえるために集まって会議を開いていましたが、その議事録が証拠として採用されています。
海渡:東電は2002年に長期評価が公表された直後、津波の検討をしないのかと保安院に問われて「確率論で扱いますから」といってやり過ごしたことがあるんです。ところが耐震バックチェックの指示を受けて、もう長期評価を考慮しないわけにはいかなくなった。
大河:2008年3月25日の議事録には長期評価を「取り入れざるを得ない状況である」とはっきり書かれていますね。ここでも「津波対応については平成14年頃に国からの検討要請があり、結論を引き延ばしてきた経緯もある」と書いてあります。
海渡:これははっきり言って自白調書だね。これを書いたのは、東電で津波検討を担当した土木調査グループの高尾さんや金戸さんだと思いますが、彼らはのちに津波対策を実現させようと頑張った人達でもあります。けれども長期評価が公表された当初は、対策をしないで済まそうと引き延ばしてきた。そんな彼らも、もう引き延ばしはできない、津波対策をやらなければならないと思い、上司に掛け合って対策を決定してもらおうと決意したんです。
大河:そして開かれたのが、2008年6月10日の、武藤栄被告人に対する説明の会議ですね。刑事裁判での金戸さんの証言によると、10mを超えるような津波の発生確率が10万年に1回程度で、地震についてはその程度の確率を考慮しているのだから、津波も考慮しなければなりませんよ、というような説明をしています。
海渡:10mを超えるような津波は、三陸沖から房総沖の日本海溝沿いで過去400年のうちに3回も起きている。福島沖に限った条件で計算しても530年に1回という確率になるのだから、対応しなければならないのは当然ですね。
大河:10万年に1回どころではないのですね。「現実的な可能性」は十分にあるといえます。
海渡:近い将来起きるかどうかではないんです。伊方最高裁判決が国と事業者に求めたように、万が一にも過酷事故が起こらないようにするためには、「現実的な可能性」があると判断するべきだったのです。
大河:控訴審判決は、2008年に東電が密かに計算していた15.7mという津波水位についても、「現実的な可能性」があると認識させるような性質の情報ではなく、津波対策が必要だと認識するほどの信頼性はなかったとして否定しています。
海渡:これは最高裁判決の、それも国の責任を否定した多数意見にすら反していますね。多数意見は15.7mの津波計算について、「安全性に十分配慮して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したものとして、合理性を有する試算であったといえる」と認めているんですね。
大河:国の責任を否定した理由は、津波対策をやるとしたら水密化という発想はなく防潮壁しか思いつかなかったはずだが、それは間に合わなかったし、造ったとしても南側などの一部だけで、東から来る津波は防げなかったなどというものでしたね。
海渡:それもわけの分からない理由ですけどね。しかしそれでも、15.7mの津波は対応しなければならない合理的な計算だとは認めているんです。
証人申請や現場検証を却下しておきながら、立証が不十分という矛盾
大河:長期評価には信頼性があるのだということと、水密化などの対策によっても事故を防ぐことができたのだということを明確にするため、指定弁護士は証人の申請をしていました。しかし細田裁判長はこれを却下しました。却下しておきながら、判決では指定弁護士の立証が不十分だとしたのです。
海渡:これには指定弁護士も怒りをにじませていましたね。閉廷後の記者会見で石田省三郎指定弁護士は、自分たちの証拠申請を却下しておいて立証が不十分だなんて論理は全く成り立たない、裁判所は審理不尽の違法を犯したのだと強く批判しました。
大河:もし裁判所が証人尋問を採用していればどういう証拠が得られたのでしょうか。実際に東電株主代表訴訟で行われた証人尋問の証言からみていきましょう。まずは濵田信生さんです。元気象庁の地震火山部長で、長期評価部会の委員もされていました。
海渡:長期評価が三陸沖から房総沖の日本海溝沿いどこでもマグニチュード8.2程度の津波地震が起こりうるとしたことについて、東電側は、日本海溝沿い南北では海底構造が違うという異論があって、だから長期評価は確立した知見ではなく信頼性がないのだという主張をしていました。それに対し濵田さんは、海底構造の違いによって津波が起こるかどうかは根拠を持った結論が出る状況にはなかったと反論し、地震学ではいまだ分からないこともあるが、当時の地震学を代表するようなメンバーが集まって議論をし、最終的にまとめたものなのだから、科学的な評価として長期評価は尊重されるべきものだと思うと証言されました。
大河:そして元東芝の原子力技術者である渡辺敦雄さんですね。渡辺さんは原発の基本設計に深くかかわっていた技術者で、安全設計を含めた原発全体のことをもっともよく知っている技術者の一人です。
海渡:渡辺さんは、技術者から見た原発に求める安全性とは、通常運転時や非常時にかかわらず住民や作業員が被ばくをしないことであり、そのためにはメルトダウンを避けなければならない。そのためにどうするかという視点で考えるのだと証言されました。過酷事故が起きる確率は低いが、起きた場合に備えるのが原発の基本思想であるべきで、近い将来起きそうだと思っていなくても、起きた場合に備えていなければならない。非常用冷却装置など、一生に一度も使うことはないだろうと思っても、万が一に備えておくものなのだとおっしゃっていました。
大河:結果回避可能性についても言及して頂きました。水密化による浸水対策は原発事故よりはるか前からある、ごくありふれた技術で、誰でも思いつくことができたと。そして事故対策として有効であったし、3.11前に工事を完了する時間的余裕もあったことを証言して頂きました。
海渡:控訴審でお二人を証人として呼んでいれば、このような証言が得られたはずなのです。それと福島第一原発の現場検証ですね。これらを細田裁判長は全部却下して、それでいて「立証不十分」だと言い放ったんです。
大河:東電株主代表訴訟では、現地進行協議という形で裁判官が福島第一原発に行きましたね。私は行っていないので、どのような様子だったのか教えてください。
海渡:まず福島第一原発が、高台をすり鉢状に掘り下げたところに建設されているところを見てもらいました。そして水密化をすべき箇所ですね。大物搬入口とか、重要機器室の扉とかです。裁判官はそれをひとつひとつ見ていって、写真を撮るように東電に言うわけです。大きな図面を示して、「ここを見せてくれ」と言うんだけれど、「ここの角度からは見えませんね」と東電に言われて諦めることもあった。そうしたら帰りのバスからたまたまそこが見えて、裁判官が「バスを止めて、止めて」と言ってまた写真を撮らせたりと、とても精力的に見て回りましたね。
私たちは双葉病院も見てくださいと言ったのですが、一日で回るには時間が足りないということで、最後に東電の会議室の中で30分だけ時間をもらって、帰還困難区域となっている現地の状態についてなどを説明しました。行き帰りに帰還困難区域の中をバスで移動するので、一般の住民は誰もいない様子もわかりました。
大河:この現地進行協議を行ったからこそ、「コミュニティの崩壊」「ひいては我が国そのものの崩壊にもつながりかねない」という判決が書けたのですね。
控訴審判決と東電株主代表訴訟の明暗
海渡:2008年に土木グループが15.7mの津波計算を武藤被告人に示して説明をした会議は、津波対策をめぐる決定的な場面となりました。このときの武藤被告人の決定についての認定が、控訴審判決と東電株主代表訴訟ではっきり分かれました。
大河:控訴審判決は、武藤さんは長期評価には信頼性がないという説明を部下から受けているから「現実的な可能性」があるとは考えられなかったのだ、だから対策を指示しなかったのもやむを得ないのだと言っています。
海渡:この時に信頼性がないと言ったのは酒井さんという土木調査グループの責任者の方です。東電株主代表訴訟判決はどう認定したかというと、土木調査グループが入念に準備を行い説明資料を用意していたことから見ても、酒井さんが信頼性がないと言ったのは個人的見解に過ぎなく、長期評価の見解や津波計算を否定する趣旨での発言ではないということですね。
大河:この会議の目的について、刑事裁判の一審で酒井さんは「長期評価を取り込まざるを得ないことを主眼に説明しようと考えていた。津波対策工の検討に進んでいくシナリオで考えていた」。高尾さんは「必要な対策についての方針を説明して了解を得ること、これが会議の目的だと思っていた」。というようにそれぞれ証言しています。
海渡:これらの証言を認定して東電株主代表訴訟判決では、長期評価の見解と津波計算を採用し対策工事の検討を行うべきという土木調査グループの進言を、武藤被告人が否定したのだと言い切りました。
大河:また、武藤被告人が対策工事の検討に進まず土木学会での研究を委託したことについて、刑事控訴審は、「この指示が不合理であったとは到底いえない」。「10m盤を超える津波が襲来する現実的な可能性の認識が被告人武藤に発生する契機があったとも認められない」と認定しました。一方東電株主代表訴訟判決では、「福島第一原発がウェットサイトに陥っている以上、それにもかかわらず、およそ一切の津波対策に着手することもなく放置するというのは、≪中略≫津波対策の先送りをしたものと評価すべきものであるから、このような被告武藤の本件不作為に係る判断は著しく不合理であって、許されるものではないというべきである」と認定しています。
海渡:東電株主代表訴訟の判決は、土木学会に委託したこと自体を不合理といっているのではありません。委託している間に何も対策を取らないと、原発が浸水しうる状態(ウェットサイト)に陥ったままになるでしょう、だから緊急に水密化だけでもするべきでしたよね、と言っているわけです。それに対し控訴審判決は何の答えにもなっていません。どちらが正しいかは言うまでもありませんね。
最高裁で勝利を勝ち取る
大河:控訴審判決を受けて指定弁護士は上告をしました。これからは最高裁での闘いになります。私たち弁護団も書面を提出したり、調査官との面談を求めていきます。
海渡:私は原発の訴訟をしてきて、負けたこともあるけど、勝ったこともある。この事件は勝つべき訴訟だと思うのです。勝つべき証拠はちゃんと揃えた。裁判官がまともに論理的な考え方ができ、公平な考え方ができ、公平なものの見方ができる人であれば、有罪判決は書けると思っているんです。三浦反対意見を三浦さんと共に書いた調査官が最高裁にはいる。他にも同じような考えを持つ人が最高裁にいるはずです。朝倉裁判長も最高裁の民事局課長だった人です。三浦反対意見や東電株主代表訴訟判決のような素晴らしい判決を書ける人材が最高裁にはいるはずなんです。その人たちに働きかけて、最高裁での逆転勝利をめざしていきたいと思います。
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