寄稿:「間違いだらけの岡本孝司・東大教授意見書」添田孝史

 東京電力福島第一原発の事故で、東電や政府の責任を問う民事の集団訴訟が、札幌から福岡まで18地裁で起こされている。3月17日には、前橋地裁で初の判決も出され、千葉で9月、福島でも秋には判決が続く。
 
 東電や政府は、津波予測はまだ不確実だった、対策に着手していたとしても工事は間に合わなかったと主張。裁判も最終盤になってから、自分たちに味方してくれる著名な研究者の意見書を提出しはじめている。しかし、事実を誤認している研究者が多い。
 
 とくにひどい岡本孝司・東京大学教授の意見書(2016年8月24日)を見てみよう。岡本教授はこう述べている。
 
 当時、日本の原子力工学の分野では、地震動については「想定外の想定」という観点からも多くの議論がなされていた一方、津波については「想定外の想定」というものを考えた議論をする物は、事業者の中にも規制をする国の側にも、われわれ専門家の中にも一人としていませんでした。
 
 「一人もいなかった」と強く断言する岡本教授だが、以下の基本的な事実を知らないのだろうか。
 
 例えば事故の14年前、当時原発の安全審査を担当していた通産省は電気事業連合会に対して「想定の2倍の津波が原発に到達したとき、原発がどんな被害を受けるか、その対策として何が考えられるか」提示するように求めている。この時、電事連の調べで福島第一原発と中国電力島根原発が、想定外の津波に対してもっとも脆弱であることがわかった。
 
 2006年1月30日には、保安院の担当者は東電など電力会社の担当者に「想定が合意できれば早急にAM策(想定超え津波への対策)を検討してほしい」と要望している。
 
 また2006年6月29日付けの保安院の内部文書では、こう書かれている。

  • 土木学会手法による津波高さの1.5倍程度を想定し、必要な対策を検討し、順次措置を講じていくこととする(AM対策との位置づけ)。
  • 対策は、地域特性を踏まえ、ハード、ソフトのいずれも可。
  • 最低限、どの設備を死守するのか

 事故前に何度も、想定外を想定した議論はあったのだ。
 
 岡本教授はこうも述べている。
 (スマトラ沖地震で被害を受けたインドの原発について)押し波によって主要建屋が全部水没し、全電源喪失に至ったものではないため、そのような可能性については、日本だけではなく世界中を見渡しても議論されてはいませんでした。
 
 これも明らかな間違いだ。
 
 2006年には、保安院と原子力安全基盤機構(JNES)が開いた溢水勉強会で、福島第一原発で敷地より高い津波(押し波)が襲来すると、主要建屋が水没し、大物搬入口などから浸水して全電源喪失に至る危険性があると、東電が報告していた。
 このことは事故後、新聞でも大きく報道されている。
 
 まだ間違いがある。例えば、「2004年にインド・マドラス原発で地震の引き波によって海水ポンプが機能喪失に至った」と書いているが、これは「引き波」ではなく「押し波」が正しい。岡本教授も3か月後に訂正(2016年11月15日付)で間違いと認めている。
 
 この訂正の理由がとても興味深い。
 私が、法務省訟務局の担当者からヒアリングを受け、同担当者が内容をまとめたものを確認の上で署名をしたものです。ヒアリングの際には、上記と同様の内容を説明したつもりですが、まとめた記載内容を確認する段階で、前期記載の部分について、正確性を書いている部分があることを見落としていましたので訂正します。
 
 官僚のヒアリングにそって意見書が作成されていることがわかる。このやり方では、政府・東電に都合のよい内容だけが意見書にまとめられてしまうだろう。
 
 しかし、東大の原子力工学の教授とはいえ、ここまで津波対策について知識の浅い研究者の意見書まで提出してくるとは、政府もずいぶんあせっているのだろうか。