「現場を見ずに何を判断するのか」現場検証と証人尋問が不採用:控訴審第二回公判 傍聴記

控訴審第二回公判 傍聴記 「現場を見ずに何を判断するのか」現場検証と証人尋問が不採用

福島原発刑事訴訟支援団 佐藤 真弥

 「(福島第一原発現地の)検証を不採用とします」。
 東京高裁・細田啓介裁判長は、落ち着いた声で、しかし第一回公判の時とは打って変わった早口で、ひと息に言い切った。

 東京電力の勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長3名を被告人とする刑事裁判控訴審の第二回公判が、2022年2月9日に東京高裁で開かれた。約200人の傍聴希望者に対して、コロナ対策として席を減らした37席のみ傍聴が許された。入廷前の持ち物検査、ボディチェックは今回も厳格で、丹念に行うあまり、傍聴者が入廷し終わるころには開廷予定時刻を7分も過ぎていた。遅れを取り戻そうと思ったか、この日の裁判長はひどく早口で、証拠の要旨を述べる久保内浩嗣・指定弁護士を急かしたりもした。

 第二回公判のハイライトは、指定弁護士が求めていた証人尋問と現場検証を裁判所が認めるかどうかだった。裁判長はまず、指定弁護士が請求した証拠調べのうち、採用するものから述べていった。地震本部の全国地震動予測地図や、IAEAの国際安全指針など、証人尋問の際に使われそうな証拠が採用されていく。千葉訴訟の東京高裁判決書も採用だ。しかし採用されていく証拠の番号が途中で飛んでいる。いやな予感を抱えながらも裁判長の早口を聞き逃すまいと耳をこらす。証拠物としては海外の津波洪水対策に関するもの、浸水に関する技術指針案、そして福島第一原発と台湾金山原発の姉妹発電交流などという雑誌記事が採用されたようだ。裁判長が、「内容というより、存在したということについてです」と念を押す。

 続いて、「必要性がないため不採用」とされた証拠について述べるという。
 採用されていないのだから結果はすでに明らかなのだが、告げられるまでは確定ではないと、箱の中の猫のような気持ちで早口を聞く。濱田信生検察官調書、渡辺敦夫検察官調書、不採用。濱田信生証人請求、渡辺敦夫証人請求、不採用。そして冒頭のとおり検証不採用を裁判長が述べたところで傍聴席がざわめき、「え~っ」という声がいくつも響く。それを咎めもせず裁判長は、島崎邦彦意見書と証人請求も不採用と告げた。

 その時、「決定に異議があります」と甲高い声が響く。一発で誰か分かる。神山啓史・指定弁護士が立ち上がった。神山指定弁護士は、これらの請求を不採用にすることは刑事訴訟法や憲法31条に反すること、とりわけ現地を訪れ検証をせずに判断を下すことはこの裁判に「大きな禍根を残す」ことになると警告し、決定を取り消して採用するようにあらためて求めた。
 裁判長は弁護人に意見を求めると、勝俣元会長の弁護人・加島康宏弁護士と、武黒元副社長の弁護人・政木道夫弁護士は、「理由はないと思料する」とだけ答えた。一方、武藤元副社長の弁護人・宮村啓太弁護士は良く通る声で、「必要性がないことはこれまでも述べている。原審(東京地裁での第一審)でも膨大な時間を費やしたし、判決に誤りはないのだから指定弁護士の異議は棄却されるべきだ」と述べた。
 裁判長は右陪席・野口佳子裁判官と左陪席・駒田秀和裁判官に声を掛け確認すると、「異議を棄却します」と述べ、指定弁護士に向かって「異議があったことは記録にとどめます」と付け加えた。言葉遣いと審議の進行だけはやけに丁寧な裁判長であった。

 現場検証の不採用について、閉廷後の記者会見で告訴団弁護団の北村賢二郎弁護士は、「採用されなかった理由はよく分らない。事件が起きれば現場に行って確認しようと誰でも思うことだ。そのような一般常識に反する判断をしたのではないか」と首を傾げた。被害者代理人も務める河合弘之弁護士は、「この事故の責任を見極めてやろうという姿勢がない。現場を見ずに何を判断するというのか」と憤った。

 法廷ではその後、採用された証拠の要旨告知がされ、指定弁護士から補充の弁論と被害者2名の心情について意見陳述をするための公判期日を設けて欲しいと要求があり、弁護側も同じ期日で弁論をするということや、その期日で結審となることが決まった。
 次回期日は欠席している弁護人がいなくて今決められないという。そういえばチーム宮村の若手・山崎純弁護士の姿が見えない。期日は追って指定されることとなり、早くて4月21日、遅くて5月31日か6月6日になるそうだ。
 武黒元副社長と武藤元副社長は終始表情を変えることなく、法廷のやり取りを黙って聞いていた。勝俣元会長は今回も欠席だった。

 東京地裁・永渕健一裁判長による全員無罪判決。この不当判決を覆すために新たな証人尋問と現場検証が必要だといわれていた。ではもう東京高裁判決での逆転有罪は不可能なのか。被害者代理人も務める大河陽子弁護士は言う。
 「大変残念な決定ではあった。しかし今回採用された証拠には、千葉訴訟で避難者らが勝った高裁判決がある。刑事事件と同じ証拠も使われており、その判決を読むと長期評価の信頼性や、原発事故被害の深刻さが理解できるはずだ」。
 同じく被害者代理人を務める甫守一樹弁護士は言う。
 「一審で相当な証拠調べが行われていることは事実だ。その評価によっては結論は十分に変わり得る。被害者の心情陳述が裁判官の心を打つ可能性もある。まだまだ気落ちするような状況ではない」。

 閉廷後の裁判報告会で、福島原発告訴団の武藤類子団長は次のように語った。
 「確かにがっかりはしたけれど、それだけではない。採用された新たな証拠もある。次の公判期日もある。次回までにできること、判決までにできることは何か。一審の判決がどれほど間違ったものであるかということを、もう一度みんなで社会に訴えていきたい」。

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