「控訴審始まる」刑事裁判傍聴記:控訴審 第一回(添田孝史)

控訴審始まる 東電元幹部は再び無罪主張

 被告人は、東京電力の勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の3人。彼らが津波対策を怠り、福島第一原発の事故を引き起こしたとして業務上過失致死傷罪で強制起訴された裁判の控訴審が、2021年11月2日、東京高裁(細田啓介裁判長)で始まった。2019年9月に東京地裁が3人に無罪を言い渡してから約2年、再び法廷で旧経営陣の刑事責任が問われる。検察官役の指定弁護士は、一審東京地裁の判決(*1)には重大な誤りがあると主張。弁護側は、誤りはないとして改めて無罪を訴えた。2022年2月9日に開かれる次回公判で、検察官役が申請している証人尋問を、裁判長が採用するかどうかが、正念場となる。

傍聴は倍率10倍に

 東京高裁には、全国各地に避難した人たち、福島から来た人たちを含め、数百人が集まり、裁判所の前で「東京高裁は福島の被害を見て下さい」と声をあげた。

 傍聴希望者は313人いたが、コロナ対策のため傍聴席が一席おきにされたこともあり、傍聴できたのは30人(倍率10.4倍)だった。金属探知機で探され、警備員からべたべたと直接全身を撫で回され、財布の中身まで細かく点検されて、ようやく法廷に入ることができた。

 細田裁判長は、一審の永渕健一裁判長より優しい印象の語り口だった。1962年東京都生まれ、1986年東大法学部卒業、88年に裁判官に任官。最高裁事務総局制度調査室長として裁判員裁判の導入に関わったり、司法研修所教官や甲府地家裁所長などを務めたりした後、2020年5月から東京高裁部総括判事。右陪席は野口佳子裁判官、左陪席は駒田秀和裁判官だ。

 武黒氏、武藤氏は傍聴席から見て一番左側に並んで座っていたが、勝俣氏は体調不良のため欠席していた。

検察官役「原判決に4つの重大な誤り」

 最初に、検察官役を務める指定弁護士の久保内浩嗣弁護士が、東京地裁の判決の重大な誤りとして以下の4点を挙げて説明した。

  1. 「長期評価」の信頼性・具体性を否定した
  2. 原子炉の安全についての「社会通念」を誤って捉えている
  3. 事故を避ける方法を、運転停止のみに限定した
  4. 福島第一原発の現場検証をしなかった

 「長期評価」とは、政府の地震調査研究推進本部が2002年7月に公表した地震の予測のことだ。「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」と名付けられた領域で、M8.2前後の津波地震が今後30年以内に20パーセント程度の確率で発生すると予測していた。

 久保内弁護士は、「原判決の最大のかつ基本的な誤りは、『長期評価』の信頼性・具体性を否定した点にあります。『長期評価』を前提とすれば、原判決の論理、弁護人の主張は、根底から覆ります」と述べ、最大の争点がここにあると説明した。

 これに対し、弁護側の宮村啓太弁護士は「長期評価には合理的な疑いがあるとした原判決に誤りはありません」と反論した。
3)の事故を避ける方法を運転停止に限定した点も、原判決のとても不可解なところだった。ほかの民事裁判では、事故を避ける方法として、電源盤など重要施設を浸水から守る水密化など多様な手段を認めており、原判決だけが「事故を避けるには運転停止しかなかった」と、とても狭く解釈していた。そして長期評価は、運転停止しなければならないほど切迫性のある確実な津波予測ではなかったとし、信頼性の判断基準も異様なほど高く上げていた。弁護側の宮村弁護士は、これについても原判決に誤りは無いと主張した。

しかし、ほかの裁判からかけ離れて不自然なこの論理について、東京高裁がどう判断するのか、ここも注目点となる。
4)の現場検証について、久保内弁護士は、東電株主代表訴訟で東京地裁の裁判官が10月29日に現場を見分したことを挙げて、「裁判所には、適正な判断、被害者や国民を納得させる判断が求められています。そのためには、福島第一原子力発電所を現場検証することが不可欠です」と述べた。

民事訴訟の高裁判決は「長期評価に相応の科学的信頼性」

 最大の争点となる長期評価の信頼性について、原判決のおかしさは、ほかの判決と比べると、よりはっきりする。

住民らが国や東電に原状回復や損害賠償を求めている民事の集団訴訟では、すでに高裁で4件の判決が出されている。うち、津波を予見して事故を防げたとして国の責任を認めた判決が3件で、長期評価に相応の信頼性を認める流れが、民事では固まりつつあるように見える。国の責任を認めなかった唯一の群馬訴訟の控訴審だけが、刑事裁判の原判決と同じような判断をしているが、少数派だ。

 民事の高裁判決は、長期評価の信頼性について、それぞれ以下のように述べている。

生業訴訟・仙台高裁判決(2020年9月30日、国の責任認める)

 「長期評価」の見解は、一審被告国自らが地震に関する調査等のために設置し多数の専門学者が参加した機関である地震本部が公表したものとして、個々の学者や民間団体の一見解とはその意義において格段に異なる重要な見解であり、相当程度に客観的かつ合理的根拠を有する科学的知見であったことは動かし難く、少なくとも、これを防災対策の策定において考慮に値しないなどということは到底できなかったというべきである(判決文 p.196)。

群馬訴訟・東京高裁判決(2021年1月21日、国の責任認めず)

 三陸沖北部から房総沖の日本海溝寄りの領域を一つの領域と区分し、同領域で約400年間に3回起こった津波地震と同様の津波地震が上記領域のどこでも発生する可能性があるという長期評価の知見には、種々の異論や信頼性に疑義を生じさせる事情が存在していた(p.214)。

千葉訴訟・東京高裁判決(2021年2月19日、国の責任認める)

 長期評価は、(中略)国の機関である地震本部に設置された地震調査委員会において、地震学、津波学等の専門家による種々の議論を経てとりまとめられ、公表されたものであって、その内容も、過去の大地震に関する資料に基づき、それまでの研究成果等を整理し、専門的・学術的知見を用いて将来の地震の発生についての見解を形成したものであることに鑑みれば、相応の科学的信頼性を有するものと評価することができる(p.130)。

松山訴訟・高松高裁判決(2021年9月29日、国の責任を認める)

 長期評価の見解は、法に基づき設置された国の機関である推進本部(海溝型分科会)において、専門家集団が、当時の科学的知見・歴史資料から確認できる既往地震の性質や規模、その震源域等に関する研究成果等の科学的な知見に基づいて、種々の見解・異論を踏まえて高度に専門的な審議を行った上で取りまとめられ、公表されたものであるから、相応の科学的信頼性を有するものと評価できる(判決要旨 p.2)。

長期評価と土木学会手法、ましなのはどちらか判断が必要

 原判決は、長期評価の粗探しをして、欠点がいくつか見つかったことを理由に、「信頼性がない」としているが、その判断のやり方に問題があったように見える。

 完璧な地震予測は、現段階の地震学では難しいので、細かく探せば長期評価に弱点は見つかる。しかし、だからといって「信頼性・具体性がない」と考えるのは短絡的すぎだ。東電が依拠していた土木学会手法よりは、長期評価の方があらは少なかったからだ。「長期評価に信頼性があったのか」という視点で調べるのではなくて、「長期評価と土木学会手法、どちらが優っているか」という枠組みで判断すべきだったのだ。

 実際、民事の高裁判決は、長期評価と、土木学会の津波予測方法(土木学会手法)を比べて、どちらが優れているかを判断し、長期評価に相応の信頼性を認めた。

 刑事裁判の原判決は、土木学会手法が原子力安全・保安院や原子力安全委員会の安全審査に用いられていたことなどを挙げて、信頼性があったと述べている。しかし、これは事実誤認だ。土木学会手法は、①「津波の波源を決める(津波を起こす地震を選ぶ)」と、②「その波源から生じる津波の高さを計算する」の大きく二つの部分に分かれる。安全審査に使われたのは②の部分で、①の波源設定については、各電力会社は、土木学会手法の波源に、さらに波源を上載せして安全を確保していた。言い換えれば、土木学会手法の①では不十分で、原発の安全は確かめられないと東電以外の会社は判断していたのだ。

 裁判で問われているのは、①「波源設定」の信頼性なのである。

次回期日が山場に

 検察官役の指定弁護士と、弁護側の弁護士の説明は計1時間弱ほどで終わった。指定弁護士は長期評価の策定に関わった濱田信生・元気象庁地震火山部長(*2)ら専門家3人の証人尋問と、裁判官による現場検証を求めた。細田裁判長は、それらを採用するかの判断を、来年2022年2月9日の次回公判に持ち越すと述べた。証人尋問が実現するかどうか、次回示される裁判所の判断が、今後の控訴審の流れを決めそうだ。

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